がんじゃく城。 平清盛が大庭景親に築かせた。 その後大友、大内氏の争奪となり、戦国期1587年には秋月種実配下、飯田悪六兵衛と熊井越中守久重が在城。 同年豊臣方蒲生氏郷、前田利家らの猛攻で1日で落城。 1600年細川忠興が豊前入部で支城として飯河豊前と長岡肥後が入城、その後的場氏入場後一国一城令により廃城。 添田公園より登りました。 登山道はよく整備され奥の院の先に城跡柱穴があり、岩石山山頂が櫓跡といわれ南側に本丸、本丸には石積の石や中央の窪んだあたりに虎口あり。 山頂の東側には馬場跡で石積が見られる。 馬場跡から標識どうり南...
Read more赤村側から城跡南東の駐車場に車を停めて登城しました。20分位で二重堀切に着き、城域となる感じでした。 本丸まで岩肌の露出した所、急な坂も有りました。
本丸、展望台の周囲に各曲輪が配置されていて、堅城の様相が見てとれました。 北東の巨石を生かした曲輪から、戸代山城方面が展望できます。戸代山から秀吉が攻城を観てたそうです。 西は奥の院を境に西側が急坂になるようです。
登り降りで2万回登山したレジェンドおばあちゃんにお会いしました。帰り際の車窓から手を振ってもら...
Read more岩石城跡は、福岡県田川郡添田町に位置し、平安時代から戦国時代を通じて幾度も歴史的な争いが起きた山城です。標高454メートルの岩石山の山頂に築かれ、「豊前一の堅城」とも称されるほど防御力が高い城でした。
主な争いとして戦国時代の争乱があります。...
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