祭神 建磐龍命・阿蘇都媛命他十九座
元この神祠は、神社の裏山の中腹(豊年桜の所)にあったと言う。本来山の神の信仰に起こるものであろう。 昭和三年の大風により、大杉(八百年以上)が倒れている。(高森鉄道の開通の年) この社は矢村社と称されていたが明治以降改名されている。 矢村社の由来は、「建磐龍命阿蘇国に降り国土開発の時宮位を定めんと阿蘇山上に登り南北に向かって卜矢を放つ。その一矢は今の一の宮町(宮地なる十二の宮の地に落ち、一矢は南なるこの所の大石に当たり、これ今の御矢村の石にして寸余にわたる矢じりの跡を残すという。 ここに一社を立て神矢を納めて矢村社と称す。 その矢朽ち果てたるにより新たに神像を奉安してこれに替え鎮祭す」とある。 思うに本社はもと山の神に始まり農耕神として祀られ、この社でその年の豊凶を占う矢を射るなどの神事が行われたため起こった社名ではなかろうか。 社(やしろ)は森(もり)と呼ばれ聖なる樹林は森でありヤシロとも崇められた。上森・下持ちの地名も現存する。またその存する処は、冬のと呼ばれるがミタマノフユ(神の恩頼(みたまのぶゆ))にあたるか。高森の地名もこの社の山の高い森に起因するのであろう。
鳥居 元禄七年(一六九四年)県内十番目に古い。 水盤 元禄十一年(一六九八年) 石獅子 享保四年(一七二二年) 南郷桧(六本) 昭和三十年九州大学佐藤教授により発見され、南郷谷に存することから南郷桧と命名…母樹として有名 □□□□□□□□□□□□□□(読み取れず) 安政二年(一八五二年)細川藩主の(※読み取れず)われ、比類なき良材と推奨され白銀三枚が奉納されている。 境内の樹木 昭和六十年県民投票により熊本県みどりの百景の一つに選ばれている。 神輿 明治十年(西南の役の年)大阪心斎橋で出来たもの...
Read more境内は樹齢400年以上の太い杉と桧に囲まれていて圧巻で厳か雰囲気がします。木々の木漏れ陽と地面は苔むしていてなんだか落ち着く感じの所です。ここの桧は『南郷桧』といわれ樹齢480年以上とされ高森町の特産の南郷桧の母樹として親しまれています。またこの南郷桧は九州大学の教授が林業調査のおり桧の新品種として発見し南郷桧と命名されました。また、ここの神社には他にも大木があり県下の桜の名木七本の中の一本もあります。樹齢410年以上の桜の大木があります。この桜は近郊の桜より早く咲く事で有名です。昔からこの桜は地元の人達が桜の花の咲き具合によって豊凶を占っていました。この桜を見に行くには本殿の裏の山道...
Read moreThis shrine is surrounded by huge trees, more than 400 years old. I felt history...
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