This ancient astronomical clock is a rare example of prehistoric material in Japan, hidden in the mountains, forests, far away from anything. It is certainly worth your time, especially if you manage to meet the kind volunteering man, present almost every day between sunrise and sunset, there to observe and hopefully discover, but mostly just to enlighten visitors about the magic that is this place. Without explanations you might not learn that these enormous boulders are believed to have been moved, that they are cut and marked to indicate the seasons, equinoxes, the stars, and more. We spent an hour here, talking and listening....
Read moreここを訪れた理由を少し記してから、レビューに入りたいと思います。
京都の鞍馬山を歩いているときに、「ここ鞍馬山と富士山ともう一つの地点が、レムリアの空中神殿を支えていた」というメッセージを聴いて、もう一つの地点を地図で探してみたら、正三角形の成すもう一つの頂点に当たるのが富山でした。 そしてその三角形の重心点を辿ったところ、こちらの岩屋岩蔭遺跡が位置していることが分かり、自分にやってきたタイミングで訪ねてみました!
遺跡内には、北極星を祀る妙見のお社も共にあり、巨石を利用して天体観測を行なっていた、歴史の古い遺跡であることが、現地の雰囲気だけでなく、遺跡内各所に設置してある丁寧な看板によっても理解できます。
巨石に話を聞いてみると、「石は石でも、私たちは、純化や透化、つまり光だけを目指すのでなく、それそのままでありつづけようとした存在です。日本というのはそういう在り方をしている土地です」と言っていて、 純化や透化、光だけを目指す石というのが、いわゆる硬度や透明度の高い状態で結晶化している宝石や天然石のようなものを指すとすると、確かに、例えば翡翠や高千穂の水晶、瑪瑙、瑠璃など、日本の宝石は、透化していないものが多いなぁと感じます。 「光だけを目指さない」というのが、濁りもそのままであろうとするという意味だとすると、そこもある種、侘び寂びに通じるものを感じて、また日本が好きになりました。
遺跡内はそれほど広くありませんが、移動するための、巨石の間に設けられた道は、天然の道に少し手すりなどをつけた細いもので、足元が安定しないところや、かなり高低差のある場所もあるので、歩きやすい靴で行かれることをお勧めします。
現地までは、付近を通る公共交通機関がないので、車で来るか、遺跡からだいぶ離れた左右に通る鉄道(長良川鉄道越美南線、高山本線)の駅からタクシーでの案内をお願いするかですが、 タクシーに関しては、どちらの側からも台数が少ないので、あらかじめ現地のタクシー会社に予約をさせていただく方が、移動がスムーズかと思います(私はタクシーの運転手さんに、地元のことをたくさん教えていただけて、...
Read more1963年生まれの私が幼少期に山合いの祖父母の田んぼに廃道になった旧道から歩いて登っていました。岩屋ダムの計画により1970年〜1971年(昭和45年〜46年)頃に岩屋集落の住人達が立ち退きを強いられています。私の祖父母は1974年(昭和47年)に岐阜市内に出て来ています。 岩陰遺跡には私の幼少期から既にお祀りされていました。世間的に広まったのは現在の街道を敷設する前後かと思われます。 岩屋岩陰遺跡は現在乗用車で立ち寄れますが、その昔は、廃道になった旧道から徒歩のみでアクセスするしかなかったのです。近傍の沢の流れ伝いに谷を逆上り田んぼで稲作を営んでいた人々がいました。岩陰遺跡は昔から存在感が大きく、集落の人々がお祀りしてきました。 この地域の記憶を持っている世代は、あの頃住んでいた子ども達の記憶の中にあります。岩屋岩陰遺跡に行かない人々には記憶にも残らない景色がありました。Googleストリートビューで少しだけ旧道が見れます。今の街道を祖師野方面に向かい、その途中の第二ダムとの間に旧道の経路跡が確認できます。その場所から馬瀬川に沿う形で旧道が岩屋集落を通過するようになっていました。 今ではこの遺跡を題材にしたYouTuberも訪れる場所になっていることを嬉しく思います。 還暦を過ぎた今でも、幼少期の4〜5歳に歩いてじじばばの田んぼに着いて行ったこと。30代初めの父が稲刈りに岐阜市内から電車とバスで向かったこと。古き良き時代を思い馳せさせてくれる貴重な遺跡です。祖父母の代で当地を離れてから50年以上訪問できていませんが自分も死ぬ前には再度立ち寄ってみたい場所です。 今もときどきGoogleストリートビューで拝見させていただいています。 立ち退きした旧家の敷地や土台、石垣も再度見てみたいです。幼少期の記憶が残っている孫世代の親族はおそらく私だけと思います。 足跡を残しておきます。現代に伝え広めていただ...
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