鄭成功は、中国人の海商である父と日本人の母との間に1624年、平戸に生まれた。「国性爺」の名で知られているアジアの英雄である。
鄭成功記念館は2013年に、鄭成功が7歳まで暮らした生家を再現して記念館として創立された。 入り口の「鄭成功門」から記念館までは「成功への道」とされていて縁起が良い。
鄭成功門は高さ8.8メートルの中国的デザインをほどこした山門で、記念館への目印になっている。この山門は、2016年の除幕式の際、鄭成功とゆかりの深い台湾の台南市長が「友好促進の機としたい」と挨拶している。
記念館の係の方にとても親切に説明していただき、鄭成功についての関心が深まった。
平戸は早くから海外に開かれていた町である。
平戸は、天文19年 (1550) 6月に日本ではじめてポルトガル船が入港した地であり、江戸時代前期まで欧米諸国の商館が設置されるなど 国際貿易都市として栄えてきた。
イエズス会のフランシスコ・ザビエルは、ポルトガル船が平戸に入港したのを聞いて、天文19年 (1550年) 8月に 鹿児島から弟子を伴って肥前国平戸に来て、平戸の地で布教を開始した。
鄭成功 (幼名・福松) は 7歳の時、父親とともに明の国へ渡る。後に、福建省に擁立された唐王朱聿鍵 (隆武帝) に抜擢された。
1645年、21歳のとき、隆武帝より明王朝の姓 (国姓) である 朱姓 を賜わり、成功という名も与えられた。これによって「国姓爺」と言われるようになった...
Read more台湾の英雄...
Read more私はタクシードライバーです。25日に台湾から来られた家族8名を連れて記念館に行きました。この家族のメインがこの記念館に行くことでした。着いたらなんと定休日。皆さんがっかり。せっかく楽しみに来たのに休み。外からだけでも観ようと言うことになりました。 たまたま通りかかった女性の方に台湾から来たことを話したら、なんと館長さんをわざわざ呼んで頂き、記念館を開けて頂き無事記念館に入る事ができました。見知らぬ女性と館長さんに感謝です。皆さんも満足して感謝されていました。それから関連の施設である公園他に寄って次に向かいました。親切な女性の方また館長さん本当にに...
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