御祭神は大戸道命。神武天皇の御代,北方の武生山に御祭神が降臨,夢枕で知らされた村人達が祀ったのが始まりで,大宝元(701)年に役小角が神霊を武生山頂に遷し,大同元(806)年には坂上田村麻呂が蝦夷征討の際に武運長久を祈願して本殿を奉献した。鎌倉時代には東金砂山東清寺の僧が奉仕したが,光圀の命により修験道の旧に復し「武生山飯綱大権現」と称して大王院(又は大音院)が別当職として明治の神仏分離布告まで続いた。現在の本殿は天明6(1786)年に再建されたもので,仁王像は寄付金を募り正徳6(1716)年に大仏師雲恵によって造られたもの。明和8(1771)年には,神託に沿って境内の地を掘ったところ宝剣が出土し,仮殿を建てて納められているそうです。
社名は地元の人でないと読めないかも知れませんが「たきゅうじんじゃ」です。県道33号常陸太田大子線から西へ。狭くて曲がりくねる武生林道ですが,大型車には苦難の道のりもリトルカブ(スーパーカブの小さいの)にとっては楽しき道です。やがて急に道路は広くなり,右手には大鳥居が。そこから坂道を上っていくと左手に赤い二の鳥居と石段があります。途中,真っ赤な随神門と仁王像が。ショックと驚愕の余り写真を撮り忘れてしまいましたが,正徳6(1716)年の大仏師雲恵の作なのでしょうか。階段を上りきった先に威厳ある社殿が鎮座していらっしゃいます。裏に回って御本殿を拝見すると,なんとも色鮮やで。天明6(1786)年の再建とは思えませんが,先ほどの仁王像もそうですが,新造当時と同じ状態であること(つまりピカピカ)を目標に修繕を加えている・・・ひとつの見識としてありなのかも知れませんね。 そこから裏の山に少しだけ上ると御神木の太郎杉がありました。推定樹齢約800年で,高さ約35m・周囲約5mを誇る目を見張るべき巨木...
Read more神社ですが、仁王門があったり、鐘があったりで神仏分離に影響が色濃く残る不思議な空間。本殿は1786年建立、仁王像はさらに古く1716年作だそうです。本殿裏の太郎杉は樹齢800年超の大木で、となりに別の木があったせいで横に自然に張り出した変わった形をした杉の巨木です。 駐車場はありません。道路から神輿を入れるために本殿近くまで舗装されていますが、車の乗り入れは禁止されています。道路脇の鳥居の反対側に数台停めれる路肩があります。 御朱印は本殿に上がる階段の下のお家が宮司さんのご自宅兼社務所になっており、玄関先の予備鈴を鳴らせば御朱印をいただくことが出来ます。 常陸太田市の観光マップにはあまり載っていないことが多いようですが、もっと評価されて良いと思いますし、そろそろメンテナンスしないと折角の史跡が朽ち...
Read more由緒板によると"修験道の祖"役小角(えんのおづぬ)が大宝元年(701年)に神霊をこの地に遷したと云われているそうです。その後坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際に本殿を奉献したとの事です。神仏習合が色濃く残されていてとても興味深いが、やはり見所は天明6年(1786年)に再建された本殿ですね。(^o^) 色彩豊かな見事な彫刻は見ていて飽きませんでした。👍 ...
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