西国巡礼で参拝しました 朝一番8時のお寺の始まる時間に合わせて出発、お寺が近付くと少しだけ離合困難な狭い道があり、工事中の道は左側の駐車場を迂回して1番奥にある駐車場まで行きました お土産屋さんのご主人?がちょうど出勤されて来て30分くらい歩きますよと声をかけてくれました 入山受付で入山料を納めたらスタートです
施福寺は難所、という前情報は承知していたけれど目前に途轍もない道が見えて雨が降ったり止んだりの悪天候の日だったのでこの日に来た事に、しまった…と思いました
幸い登り始めた時間には雨は止んでいて手に持つ長傘をお杖代わりに一生懸命登りました
最初の長い石段を終えると今度はガタガタのほぼハイキングコースが始まり、いつまで続くの?まだまだ?これって人生山あり谷ありの人生の道か?こんな所にお寺を建てるなんて…太古の昔はクレーンとか重機もなかったのにすごいわ… ほんとに色々な事を考えながら、時々前を歩く夫にまだ着かない?屋根とか見えない?と話しかけたり… 夫も後ろを振り返りながらよくつまづくドジ嫁を気にしてくれていました
もっともっと延々とこの険しい道が続くと覚悟していたので最後の階段を登りながら境内らしい景色がちらりと見えた時は、え?もう到着か?と意外と短く感じました
とりあえず一息着いてからお参りを、と景色の広がるお堂とは反対側へ進みましたがあいにくの天候でモヤがかかって真っ白な景色しか見えず…
気を取り直して納経所に行くと、よくお参り下さいましたとご挨拶をいただき今日初めてのご参拝ですと声をかけて下さいました
馬頭観音をお詣り出来ますよ?朱印帳をお預かりしている間に中に入られませんか?とオススメしていただきオススメのまま参拝料を納めてお堂の中へ
ほんとに頭の上に馬を載せた馬頭観音様や西国札所の御本尊十一面千手千眼観世音菩薩様、弥勒菩薩様、方違観音様、有り難いオンパレードでじっくり見入ってしまいました
馬頭観音様は足腰に御利益があると説明書きがあったので特にたくさんのお願いをしました
お堂の中には目まぐるしく見どころがあり写真撮影はご自由にどうぞとおっしゃって頂いたので遠慮知らずでカシャカシャ
堂内をゆっくり一周して納経所に戻ると御朱印もすっかり仕上げて頂いていました
下山前にお手洗いを済ませようとバイオトイレなる山小屋風のトイレへ行きましたが汚物を処理するのに時間がかかる…旨の案内が書かれていて3つあるトイレは1つだけ使用可能でした 2人で交代で用を済ませようと扉を開けると初めて見る便器が…
汲取式のようですが扉が開くのと同時に便器の下の辺りもふいに動くのが見えて、何かが動いた!変な生き物かも?!と凄く怖かったけれど自宅〜施福寺まで3時間くらいトイレに行っていない状態で背に腹は代えられない!と思い切って用を足しました 扉の前に夫を張り付かせて(笑) 山の上だからトイレ事情は決して良くないのは重々理解していますがやはり怖かった…
お腹の弱い夫は出る出る〜もう出る〜とつぶやきながらトイレの中へ
しっかりと何の戸惑いもなく用を済ませてハァすっきり〜と怖いトイレから出てきました
怖いトイレ、とは失礼ですがもしもそんなタイプのトイレが苦手な方は山の麓でしっかり用を済ませてからお参りするのが良いと思います
麓のトイレはお借りしていないのでどのようなトイレ事情かは不明ですが…すみません
納経所の方にご挨拶を済ませて山を下りました
途中お一人の男性が登って来られてご挨拶
このお寺、また来るのかなあ? もう2度目は自信ないよ〜 帰路は余裕の会話を交わしながらの道のりでした
施福寺さんをお参りしたら後の札所はもう恐くないねと言いながら施福寺さんは険しい道のり+私にとってはトイレも最難所かも…などと思うのでありました
悪天候なのにケガや事故なく無事に駐車場まで戻る事が出来たことに感謝し次の葛井寺へと向かいました ...
Read more「深山路や檜原松原わけゆけば巻の尾寺に駒ぞいさめる」 (ミヤマジやヒバラまつばらわけゆけばマキノオテラにコマぞいさめる) 西国巡礼4番「施福寺」。 槇尾山(標高600m)の山腹に在り、山門から220m程の山道となります。西国巡礼屈指の難所との事で辿り着けるのか?心配でGoogleマップで経路検索(京都から)すると、「河内長野」から「滝畑ダム」迄バスで行き、そこから遊歩道で3時間ハイキングと。(日帰り出来るのか?帰りの交通機関は?)。思い直してストリートビューで写真を見たら、山門迄、舗装道路が在り、pにバスが居た。なら、登山口の近くをマップで見たら山の麓辺りに路線バスのバス停が。尚、Uチューブで探したら、コミュニティバスの紹介映像がありました。当日はイレギュラーで「和泉大津」からバス移動して「チョイソコいづみ」を利用。(長いので詳細は槇尾中学前チョイソコバス停に口コミします🙇)。さて登山口から「入山料¥500円」払って山道を休みながら40分程で登りましたが山頂の(天気も悪く)期待した展望は良く判らず、暑さで疲れが半端なかったし、気を取り直して本堂下の椅子で汗を拭い、一服してから、朱印を頂きました。(朱印・拝観料は共¥500円)。朱印をお願いして堂内をお参り・見学させていただいた。 本堂上がると、外の暑さが嘘のように涼しく、仏様は写真撮影しても可との事でした。仏様達が余りにも素晴らしく感激して泣きそうになった。 詳しくは対面するしか説明出来ないほどスゴイ。「千手千眼観音」「方違大観音?」「足守馬頭観音」「竹生島の弁才天?」脇の「四天王」「薬師如来」等、さほど広くは無い本堂に安置されて居ます。 度重なる火災、南北朝の焼き討ち等大変な災難で建物は殆ど焼失したとの事。仏様も平成27年に、たくさんの仏師の方々の協力で160年ぶりに(それまで建物の焼失後は内々陣の壁内に重ねられて保管されていた。)現在の本堂内陣にご安置となったとか。伝説に 「弘法大師」が20歳の時にココで得度したとか、高野山から月に9度お参りに来ていたとか(別の話しに九度山の近くに母が居て、月に9度訪ねていたとの話が信憑性が高いですが。)「役行者」が葛城山の秘密の場所に「法華経」の巻物を納めて行き、最後に納めたのが「槇尾山」。あの「花山上皇」が粉河寺から巡礼の山越えで道に迷い、遠くに馬のいななきを聴いてその音を頼りに辿り着き「馬頭観音の寄進した」。「淀、秀頼の伽藍の復興寄進」(その後の火災で、山門だけ焼け残りとか)・・大きくないけれど見所多し!汗はかいたけれど、疲れが不思議と有りませんでした。しかし、一人で行ったら地味に疲労困憊で暗くなったかもね(笑)。(今回はチョイソコいづみの貢献は大きいです!)。あまりに順調で槇尾中学前から9時頃に出発して11時過ぎには、中学前に下山出来た。思いもかけず、本日ふたつめの参拝に出発。「粉河寺」には南海とJR利用で3時過ぎには参拝出来ました。「紀三井寺」は和歌山駅到着が四時過ぎになり、今回は諦めました。もう少し早ければ?しかし路線バスが1時1本だからムツカシイかな。今回は心配するほど難所では有りませんでした。周りにトレールコースもあり、走って行く人がいて驚きました。皆様も是非いつか、気をつけて参拝ください。 本...
Read more「槇尾山 施福寺」は「西国33か所巡り」の「第四番札所」。
「西国33か所巡り」は1300年ぐらいの歴史があるので、アクセス手段も整備され、どんな方にも巡りやすくなっているのですが「施福寺」は「屈指の難所」と呼ばれています。
それは「お寺が山の中にあって、自動車道が整備されていないから」……山道を30分ぐらい歩くんです😱。
電車とバスを乗り継ぎ、どうにか終点に到着したのですが、そこは、いきなり「山の中」。
ただね。そこがとんでもなく清々しいのです~🌈
鳥の鳴き声と、小川のせせらぎの中、ひたすら登山。季節の花が、咲き乱れています~
体力的にはキツイのですが、キレイな空気を吸っていると、不思議な「心地よさ」に包まれます……
「清々しい~‼」「癒される~‼」
汗だくになりながら、見上げたり、横を向いたりしているうちに、「施福寺」に到着しました!
ゼーゼー言いながら辿り着いた本堂は、とてもキレイ。この資材、全部背負って登ったの?想像を絶します😱。
以前は秘仏だったご本尊ですが、今は年中拝むことができます。
おまけに「写真撮影OK」……どんどん撮ってくださいね!との事。太っ腹な対応です。
ご本尊は「弥勒菩薩」……56億7千万年後、私たちを救うために現れる仏様ですよ~。
弥勒菩薩が「迷える庶民を救う」ために、手には「水かき」が!本堂のサイズに合わないぐらい「巨大!」……「後光」が天井に付きそうです。
そして、コチラの「方違観音」も「超巨大」。左の太鼓、手前の一升瓶が小さく見えます。
この、見上げる大きさの「大昔の仏様」が、「ガラスの囲い」「柵」など「隔てるモノ一切なし」の状態で、いらっしゃいます。
おまけに「仏様の手前」には大量の「写経」が😮😮😮
自宅で書いた「お経」を「好きな仏様の前」に「自分で納めてOK」というしくみとの事😝
色んな仏様の前に「写経の山」が出来ていました。
ちなみに、これは「観心寺」で教えていただいたのですが、お寺に写経を納め、その「お焚き上げ代」と「確かにお寺に納めました!」という印をもらうのが「御朱印」との事。
「本来の意味は、もうなくなりましたけどね~」……確かに💦
施福寺で写経を納める場合は、自分で判断し...
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