藤文
所在地 掛川市日坂89
見学 無料
日坂宿最後の問屋役を努めた「伊藤文七翁」の自宅で「藤文」は、屋号です。 伊藤文七は、安政3年(1856年)に日坂宿年寄役となり、日坂宿の問屋役を務めました。維新後の明治4年(1871年)には、日坂宿他27ケ村の副戸長に任じられました。 その間、幕府の長州征討に50両を献金し、明治維新のときは、官軍の進発費として200両を寄付しています。
何棟かあった土蔵は、一棟のみ修復され現存しています。
明治になり、宿場町制度が無くなると商家を辞め、郵便制度発足とともに、日本最初の郵便局...
Read more江戸時代の商家で、江戸末期に建てられた奥の「藤文」と、明治初期に建てられた「かえで屋」があります。 ここの主は伊藤文七さんと言いまして、江戸最後の日坂宿の問屋役でしたが、明治に入って街道制度が廃止されるとすぐに店を閉じて日本で最初の郵便局に転職(?)なさったとのこと。 また、幕府の長州征伐時には幕府軍を応援した一方、数年後の明治維新の際には、官軍に乗り換えたようで、なかなか機を見るに敏なご仁だったようです。 建物はまさに宿場町の町家、という雰囲気です。中も観れれば言...
Read more日坂宿最後の問屋役を務めた伊藤文七の自宅で、「藤文」は屋号です。 伊藤文七は安政3年(1856年)に日坂宿年寄役となり、万延元年(1860年)から慶応3年(1867年)にかけて日坂宿の問屋役を務めました。維新後の明治4年(1871年)には、日坂宿他27カ村の副戸長に任ぜられました。 その間、幕府の長州征討に50両を献金、明治維新のときは官軍の進発費として2...
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