A beautiful and noble temple with a long history
There are many fusuma (sliding door) paintings by Maruyama Okyo, a painter of the mid-Edo period, and his family of painters. The beauty of the fusuma paintings and the space in each room is amazing. The guided tour is a great way to learn about the temple.
From the website Located in Kami-machi, Mikata-gun, Hyogo Prefecture, on the San'in Coast National Park, Daijyo-ji Temple is a temple of the Koyasan Shingon sect, founded by Gyoki Bosatsu in 745. It is known as "Okyo-ji Temple" because of the many paintings on sliding doors by Maruyama Okyo, a painter of the mid-Edo period, and his family. With the recent progress of Okyo's research, it is said that the space of each room surrounded by the barrier paintings at Daijyo-ji Temple constitutes a three-dimensional mandala, which may have been intended to embody a religious space. In addition to the artistic evaluation of his paintings, Okyo's aspect as a spatial producer is being...
Read more大乗寺、兵庫県美方郡香美町香住区森。 本尊=聖観音。亀居山、高野山真言宗。 海沿いの田舎町、川沿いの村、小高い地に安置。階段の先へ山門、客殿・観音堂・薬師堂が並ぶ。寺伝=天平17年(745)、行基が創建、自刻の聖観音を本尊とする。円山応挙の別名。 客殿障壁画が特徴で、拝観料を払うと中を案内される。美術館同様、内部は撮影禁止だが、大乗寺で書籍「大乗寺・円山応挙とその一門、佐々木丞平・佐々木正子編著、国書刊行会発行」が販売されていて、襖絵すべてが網羅される。その他、インターネット上の公開サイトからも見られる。
山門は、瓦葺き、入母屋造、平入。八脚門とし、中央に扉を持つほか、左右にも小さな扉を付ける。西向き。手の込んだ意匠を持ち、但馬国内でも類を見ない作り込みぶりで、彫刻が所狭しと並べられている。中井権次橘正次作。龍はもちろん、猿の姿も見える。組物も派手で、出組も三手先が見える。
客殿は、銅板葺き、片入母屋造、平入とし、大きな建ちものを持つ。入母屋破風も細かな意匠、彫刻を見せる。立体曼荼羅と呼ばれる客殿の障壁画が特徴で、11の部屋に分かれるほか、2階に2つの部屋を持つ。北側からの庭園と調和した風景が美しい。 客殿入口となる破風は、空に鳥の姿が見えるほか、木鼻には、獅子や獏の姿、正面には、獅子の姿が何体も見える。波の間を縫うように進む姿、強い眼差しで睨みつける姿、合間からわずかに覗かせる姿など。
観音堂は、宝形造、銅板葺き、正面三間、側面五間。観音開きの扉を持ち、障子戸を前方に付けるほか、浜床を配し、石段を付ける。簡素な印象だが、正面に太い柱を持ち、力強い印象を持つ。 本尊=十一面観音立像。左手に、蓮華の入った水瓶を持ち、右手は延ばして、与願印とする。顔の上に、十一面の小さな顔を乗せて、表情は口を閉じ、凛々しく感じられる。舟形光背を付けるほか、蓮台は、蓮弁の印象を強く持つが、石の上に立っている。
薬師堂は、入母屋造、銅板葺き、三間、平入。石階段の先、観音開きの扉を付け、両側に障子戸を配す。建ちものは、浜床を付けるほか、石垣で一段高くする。静かな雰囲気を持つ場所。扉の窓からは、薬師如来坐像が見える。 木造薬師如来坐像は、右手を上げて、施無畏印とし、左手は膝上にあり、薬壺を持つ。蓮台の上、高い位置にあるが、二重円光を背に持ち、落ち着いた表情を見せる。蓮台は、蓮弁、受け皿、敷茄子、框などが見え、仏像の高さに近い。 鐘楼は、石垣の上、一段上がった場所...
Read more応挙とその一門(呉春や蘆雪ら)の障壁画八十余面が拡がる、応挙好きには必見のお寺。こちらの往時の住職がまだ世に出る前の応挙の絵画修行を資金面で援助したため、そして大成した応挙とその一門が感謝に襖絵を描いて御礼にしたそう。こちらのお寺のご本尊が十一面観音様であるので、時の寺院再建にあたって間取りとして仏間を含めて11間とし、さらに観音様の東西南北を四天王が守護することから、そこにあたる部屋は四天王の司る職能にちなんだ障壁画を描くといった、1つの「曼荼羅」となっているとも。また北側?の鯉の間はその通り鯉が泳ぎ遊んでいるのを描いた障壁画の部屋であるが、その部屋に面して庭園があり、障壁画の理想の世界が現実の庭園の池に連続するといった趣向になっている。
しかし、なんといっても圧巻は孔雀の間の大障壁画であり、それは観音様の座が孔雀であることから来ているそうだが、その金地の華麗雄渾と墨の黒の強さとの対比に圧倒され、しかし目が慣れると、墨で描かれていながら松の葉は確かに緑に、幹は茶色に、孔雀の尾の目の部分は青にしか見えてこず、確信させるほどなのは、その応挙ならではの表現力の巧みさもあろうが、脳内の喚起力をも逆手にとった見事な手腕なのであろう。また寺院なので当然襖の開け閉めはあるわけで、案内の方が実演してくれるが、それを考慮して開けたときも閉めた時も絵が続くようになっているのは卒倒もので、ひとり心の中で(天才だ、天才が今ここにいる!)と震えるのである。
なお、これはそこで販売されている求龍堂製の図版でしか見ることができないが、こうした金地の大障壁画は実際、外光に対して柔らかく反射するのであり、夕日射す時に、外部のある一点から見ると、客殿の障壁画の間が「発光」している。芭蕉の「降りのこしてや光堂」とあるのもこれに違いない。本当に息をのむこと連...
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