聖武天皇が全国に建立した国分寺のひとつである「河内国分寺」の一部と考えられています。 1970年に塔の基壇が発掘調査され、その規模から高さ50mを超える七重の塔が建っていたものと推測されています。地表に見える丸い礎石は復元整備されたもので、本物は地下に埋蔵されています。 かつては地域のボランティアによって草引き等の清掃がされていましたが、最近は担い手がおらず、荒れ気味です。 近くにある「河内国分寺」という名の寺院は本来の河内国分寺とは無関係です。由緒書きなどを探しても見つか...
Read more近鉄、河内国分駅東、Jテクトの工場の山手に有りました、R25線より、右折れして細い道を登って行きます、柏原市立国分東小学校を東へ少し、同名の真言宗河内国分寺の看板の右手すぐの所でした。何故こんな、所に造ったのかと?思う様な急な坂の場所です。綺麗に並んだ石の基壇に柱跡に丸い石が置かれ七重の塔が有った様です、昔はさぞかし、遠方より立派な塔が見えていたでしょう。又、大和川をはさんで北側には竹原井頓宮推定地(青谷遺跡)が有ります。当時、どんな人々がどんな服装で...
Read moreかつてここに七重塔が建っていました。かの東大寺にも七重塔があったと言いますが、現代では見られない幻です。聖武天皇の勅命で建てられたお寺で、控えめ...
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