丹生都比売神社は有名ですが こちらの神社も重要な神社です
由緒 丹生都比売大神が降臨したと伝わる榊山の麓に鎮座する。社伝によると、榊山一体は、原初、先祖霊を祭祀する聖域だったと伝わる[5]。神代の昔、三谷[注 4]の裏山(榊山)に、丹生都比売大神が降臨し、丹生都比売大神の御子神の高野御子大神と百二十の眷属を従え降臨し、共に大和地方や紀伊地方を巡幸し人々に農耕や機織り、糸紬ぎ、煮焚等の衣食に関わる事を教え、最後に天野[注 5]に鎮座したとされ、丹生都比売大神が紀ノ川の水で酒を醸した事で、丹生酒殿神社と呼ばれるようになったと伝承される。あるいは榊山の地主神である竈門明神が酒を造り、初めて神前に供えたからとも伝わる。「紀伊続風土記」には「大和丹生川より榊を持して、この地七尋滝(境内裏手)に降臨された」と記されている。かつて皇室からの尊崇が厚く、応神天皇からは御神領、後嵯峨天皇から位階勅状、後醍醐天皇からは和泉国木島荘園(現、貝塚市)寄進の綸旨、1334年(建武元年)には和泉国麻生郷(現、貝塚市)を祈祷田とする綸旨を賜ったと伝わる。また鎌倉時代、江戸時代に造営時、領主や藩主から幣帛料を受けたと記録に残る。 政府の小社合併制作により、909年(明治42年)に兄井村(現、和歌山県伊都郡かつらぎ町大字兄井)に鎮座する鎌八幡宮を合祀。この時、鎌八幡宮横の諏訪明神社も同時に合祀されている。1935年(昭和10年)に丹生都比売神社の摂社として合併されるが、戦後に独立し、現在に至る。 祭神
社殿に向かって右より • 小祠:諏訪明神、八王子神 • 右座:丹生都比売大神(丹生明神) : 天照大御神の御妹神とされ、稚日女命ともいわれる[14]。 • 中座:高野御子大神 : 丹生都比売大神の御子神。狩場明神ともいわれる。高野山の名称は、この名が由来と伝わる。 • 左座:誉田別大神 : 鎌八幡宮祭神として配祀されている[14]、市杵島比売大神(厳島明神)。 • 笹踊り 毎年8月16日に、笹に短冊で飾りを付けて踊りが奉納される。「酒」を「ささ」とよぶことから、笹(ささ)は酒を意味するとされる。
榊山神社
近隣地区の護国の英霊を56柱を祀る[5]。鳥居横に合祀されている護国の英霊の名を刻んだ石碑が建つ。
鎌八幡宮
• 祭神:誉田別大神 • 元は讃岐国多度郡屏風浦(現、香川県仲多度郡多度津町)に鎮座する熊手八幡宮から、弘法大師が高野山に勧請したと伝わる[14]。勧請元の熊手八幡宮は弘法大師が自身の産土神としていた。その由縁は、弘法大師の母、玉依御前がその地の産土神である熊手八幡宮に子宝授与を祈願し弘法大師を身ごもった[15]、あるいは、玉依御前が大師を身ごもられた時、安産祈願のために参拝したなどと伝承されている[16]。明治維新後の神仏分離のおりに、兄井村(現、和歌山県伊都郡かつらぎ町大字兄井)へ遷座し鎌八幡宮(以後、「元宮の鎌八幡宮」と表記する)として祀られ、1909年(明治42年)に丹生酒殿神社に合祀され摂社、鎌八幡宮として祀られた[14]。無病息災、子宝や安産祈願、受験等、諸々の願かけの御利益があるとして広く信仰され、昔は大和(奈良県)、河内(大阪府)の信者も多かったと伝えられている[14]。丹生酒殿神社参道の二の鳥居は、元宮の鎌八幡宮から移されたと考えられ、合祀時に元宮の鎌八幡宮御神木に奉献(刺さっていた)されていた鎌を二の鳥居下に埋めたと伝わる。また摂社鎌八幡宮御神木前の石鳥居も、合祀時に元宮の鎌八幡宮から移されたもので、柱後方に「文化六巳年建立」「金光院真尊謙上」の銘がある。金光院は高野山一心谷にある行人方の格式ある寺である。 願掛け(御神木への鎌の奉献)
• 本殿後方の境内地に鎌八幡宮の御神体である御神木の櫟樫(イチイガシ)があり、御神体である御神木に鎌を奉献(刺す事)し願掛けしていた事で知られる。但し、願掛けは、ポジティブな願いである心願成就等に関してのみであり、ネガティブな怨恨、縁切り等の願掛けは受け付けていない。また、2017年(平成29年)より御神木の保護の為、鎌を刺しての願掛けは行われておらず、絵馬による願掛けのみとなっている。鎌の奉献による願掛けは、1839年(天保10年)に紀州藩により編纂された「紀伊続風土記」に「祈願の者鎌を櫟樹に打入れ是を神に献すといふ 祈願成就すへきは其鎌樹に入ること次第に深く叶はさる者は落つといふ...
Read more20/11/29...
Read more丹生酒殿神社~三谷坂(世界遺産)~丹生都比売神社(世界遺産)
丹生都比売神社へはこれまで、コミュニティバスで行っていましたが、妙寺駅を起点に世界遺産にも登録された古代からの参道(三谷坂)があるということを知ったら行かずにはおれません。
丹生都比売が最初にこの地に降臨された丹生酒殿神社を経由して山に入っていく。最初は...
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