This place is a former naval base which remained in activity until the end of WW2. Although there is not much left to visit, the place has mostly been left untouched, which creates an eerie atmosphere out of time. The main building is used as a basic museum. Only the first floor is accessible to the public. The second floor is closed and windows have been sealed. The boilery and the power plant still exist but are not maintained anymore. It is a great place for urbex lovers, but it is not advised to visit this place with children: the floor is littered with rubbish, broken glasses and shattered ceramics. The entrance...
Read more戦争遺構という側面があるわけだが、それと同時に廃墟という昨今注目されるキーワードからの魅力もあり。また昭和初期の西洋建築としての面白さなどもあって、時間がいくらあっても足りなかった。
今回はそんな場所にアート作品、写真作品とそのインスタレーションの展示もあって、うっかり震電のコックピットまで置いてある(映画「ゴジラ-1.0」撮影用プロップ)。見て回る時間が足りないくらいだ。
運良く10時からのボランティアガイドツアーにも参加することができて、本庁舎の通常は入れない2階や1階右エリアなどの見学ができたのはとてもありがたかった。敷地は広く、建物が点在しており歩き回って少し体力を使う感じがなかなか爽快なのだ。
まずはクルマを駐車場に停めたのだが、その駐車場の敷地に立つのがもうすでに遺構なのである。自動車車庫。まさに本当に車両庫であり、その屋根の脇にクルマを停める。ちょっと感慨深い。映画「ゴジラ-1.0」で震電の格納庫となっていた建物がここ。
中にはカフェと土産物屋、この地にゆかりあるグッズなど置いてあるのだが、休憩やちょっとした買い物ができる場所になっている。(鹿島海軍航空隊跡の一般公開日の毎週土日にのみ営業) 今回、壁際には実写映画「映像研には手を出すな!」の大きなバナーが壁に貼ってある。その前に映画に出てきたロボットや航空機、小型タンクの砲塔などプロップが展示されており、思わずウフフ、となる。
道路を挟んで自動車車庫向かい側にある本庁舎はクラシックな佇まい。縦長の窓と天井の高い室内。重厚な総木製の扉や床、天井を走る太い梁、腰のあたりまで張られた板張りの壁など趣深い。そんな場所の各部屋でいろいろなアート展示が催され、かたや何も展示のない照明の消えた部屋はこれでもかというほどの闇で、まさに鼻をつままれても、という漆黒。その奥にうっすらと板を打ち付けられた窓枠などが見えて廃墟としての魅力も強くある。
そして考えれば当たり前なのだが、航空基地ということがあり敷地が広い。しかしわたしが考えていた「航空基地だから広い」というイメージとは違うものだった。ここ「鹿島海軍航空隊跡」には滑走路がない。航空基地で滑走路がないってなんだ、と思われるであろう。わたしも同じく思ったのだが、実はここ、水上艇の訓練基地であった。
日本海軍の有名な戦艦「大和」のことを思い出すとなるほどなのだ。プラモデルを作ったことのある人は覚えてらっしゃるのではないか。艦尾にちいさなカタパルトがあってその梁のうえに零式水上偵察機や零式観測機を接着固定した記憶、わたしには残っている。宇宙戦艦の方ではあそこに水上機ではなくコスモゼロが搭載されていた。あれを(コスモゼロではない。零式水上機2機種である)飛ばす訓練がここで行われていた。
水上機であるからして滑走路からの離陸ではなく、水面からの離水訓練となり、滑走路は霞ヶ浦、ということなのだ。水上機の訓練施設跡は霞ヶ浦の湖岸にある「鹿島海軍航空隊スリップ跡」という名前で残っている。水上機を水に浮かべるためのスロープである。カタパルトは当時の上物はなく、基礎だけが残されている。
鹿島海軍航空隊汽缶場跡は圧倒的な存在感。遠くから見ると高い煙突が立っており、その麓に遠くから見てもよくわかる、錆で出来ているような印象の建物が見える。いわゆるボイラーが格納された建屋で基地のエネルギーを担う場所と思しい。 自力発電所跡もすごいものだった。ザ・廃墟である。わたしは廃墟マニアなど名乗れるような知識も素養もないのだが、侘しさや寂しさを感じるのが廃墟というものの本筋、みたいなものは掴んでいると思っている。それがここにはあった。いみじくも、この日の午後の「廃墟景観シンポジウム...
Read more「本庁舎内は経年劣化がいちじるしくこの先一般公開を続けていけるどうかわからないとのこと。果たしてあと何年この遺構を残せるか?」この場所は日本海軍の水上機と呼ばれる飛行機を扱っていた基地の跡です。水上機とは飛行機にフロートと呼ばれる浮きのようなものを取り付けることにより水面上にて離陸(離水)着陸(着水)ができる飛行機の事です、日本海軍ではこの水上機を軍艦に搭載して敵の軍艦を探したり軍艦の大砲の弾を命中させるために空中から指示をしたりといった事をしていました、この基地は1938年に完成し水上機を操るパイロットの操縦訓練を目的としてました、戦争が激しくなってくると日本本土に爆弾を落としてくる敵の飛行機を撃ち落とすために水上戦闘機が配備されたり、パナマ運河を攻撃するための潜水艦に搭載する特殊水上攻撃機の訓練が行われ、そして水上機による特攻作戦の訓練も行われました、終戦後基地の跡地は東京医科歯科大学の病院が開設され1997年まで開業していました、2015年にはメガソーラー発電所が開設、2023年美浦村によって公園が整備されました。当時から残っている主な建物は水上機を牽引していた自動車などを保管していた「自動車車庫」ここには自動車整備のためのピットが当時のまま残っています。自動車に使う燃料等を保管していた「軽油庫跡」現役当時は爆発事故を避けるため建物全体を土で覆っていたそうです戦後米蔵として土は取り払われ米穀の管理の為改造を施したそうです、残っている建物中で一番目を引く「本庁舎」は3階建てのコンクリ構造で当時は基地の責任者である司令や士官の執務室や書類等の保管庫などがあり司令室跡は木張りの天井などが今も残っています戦後は病院として改装されました。高い煙突が目印の「汽缶場跡」は基地施設に暖房を供給していた施設跡で内部には1938年に製造されたボイラーが2基残っています。これ以外に当時から残っている遺構として基地内に電気を供給した「自力発電所跡」洗濯物等を干した「物乾場跡」基地の出入り口跡に残る「衛兵控え所跡」や当時使われていた「整地ローラー(コンダラ)」等なども残っています。入園料は大人800円子供300円、営業時間0900~1700で土日のみ開園、駐車場は自動車車庫裏に大きなスペースあり、本庁舎二階部分はガイドさんの同行がないと立入不可です。自動車車庫内には管理受付や軽食などが食べれるレストランなどもあります、同地は様々なドラマや映画、MVのロケ地となっていますので散策してみると何か...
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