織幡神社(おりはたじんじゃ)。福岡県宗像市鐘崎字岬。
式内社(名神大)、旧県社。 別称を「織幡宮(おりはたぐう)」。地元では「シキハン様」とも称される。
主祭神:次の8柱。 武内大臣(たけしうちのおおおみ) - 武内宿禰 住吉大神(すみよしのおおかみ) 志賀大神(しかのおおかみ) 天照大神(あまてらすのおおかみ) 宗像大神(むなかたのおおかみ) 香椎大神(かしいのおおかみ) 八幡大神(はちまんのおおかみ) 壱岐真根子臣(いきのまねこのおみ) 現在は上記8柱を祭神とし、そのうち武内大臣・住吉大神・志賀大神の3柱を主祭神とする。
織幡神社の祭神を武内宿禰(武内大臣)とする説は、古くは15世紀中頃成立の『宗像大菩薩御縁起』まで遡り、同縁起では後述(創建節)の創祀伝承が記されている。その一方、織幡神社境内は海に突き出す要衝の鐘ノ岬に所在し、かつ一帯は『和名抄』の「海部郷」にも比定され海部が存在したと見られる地域であることから、元来は海人族により祀られる海の神であったと推測する説が挙げられている。 『万葉集』には鐘ノ岬を過ぎる際に「志賀の皇神」(志賀海神社祭神:阿曇氏奉斎神)に祈願する旨の歌が見えることから、海人族の阿曇氏(阿曇族)が当地に居住して志賀神を奉斎したと見る説もある。
祭神8柱のうち壱岐真根子は、織幡神社のかつての社家である壱岐氏の祖とされる。この壱岐氏の存在に加えて、『宗像大菩薩御縁起』に見える「御手長」が壱岐島の式内社の天手長男神社・天手長比売神社とも関連付けられることから、織幡神社の祭祀と壱岐島との関係を推測する説もある。 とあります。
資料によると、 創建について『宗像大菩薩御縁起』(15世紀中頃成立)によれば、神功皇后の三韓征伐の際に、宗大臣(宗像大社の神)が「御手長」という旗竿に武内大臣(武内宿禰)の織った紅白2本の旗をつけて戦い、最後にはそれを「息御嶋(=...
Read more織幡神社 (宗像大社境外摂社) ★摂社とはその神社(当地では宗像大社)に所縁深く所管される神社、 ★末社とは摂社ほど関係が及ばないが所管される神社のことです。 当大社には御本殿を囲むように、22の社殿がありそこに127の神社がございますが、これらは神群宗像各地に鎮座する 摂末社の御分霊をおまつりしたものです。 それら摂末社は宗像大社や宗像大宮司家との関わりを有しておりますが、大宮司家断絶後(豊臣秀吉による領地没収)、 ほとんどの摂末社は当大社の管理を離れることとなります。
★現在、宗像大社で管理する神社は 辺津宮周辺を中心に9社のみ。 他の大部分の神社には奉務される神職が別にいらっしゃいます。 当大社の摂末社であった名残は、いくつかの摂社格の神社の主要祭事時に、当大社の神職が献幤使として出向し祭詞(祝詞)を奏上する形で継承されています。
★御祭神 武内大臣 住吉大神 志賀大神 天照大神 宗像大神 八幡大神 壱岐真根子臣
★旧社格は県社 平安初期、朝廷の年中儀式や制度を定めた法典である❴延喜式❵では宗像大社と共に名神大社に列せられている格式高い神社です。
★主祭神の武内大臣は、武内宿禰とも呼ばれ神功皇后を助け三韓出兵を行った武人。 大臣は征伐後、鐘崎に上陸され、歴代天皇にお仕えし寿命が尽きる時、鐘崎に戻ってこられ昇天(鎮座)されています。
★社名【織幡】の由来は『三六九年』に神功皇后が宗像大社に征新羅の神勅を給う、【三代実録(貞観十二年の条)とあり】
鐘崎で赤白二流の旗を織って、宗像大菩薩の御手長(竹竿)に着けたので【織幡】と名付けられたとされています。
尚、壱岐真根子臣は、汚名を着せられた武内大臣の身代わりとなって亡くなった臣下であり、その子孫が代々、織幡神社の社家として祭事を司るようになったと伝えられています。 以上
5月4日祝日🎌鐘崎の海岸に多くの人々が 釣り・ボート・船⛵🚤が沢山楽しんでいました。
織幡神社の鳥居から階段が135段自信のない方途中の社務所の上マデ行きます。 車をおりて30段余り有ります。 参道及び境内が綺麗に掃除が行き届いてました。
※沈鐘と巨石 ※海女発祥の地鐘崎 〔筑前鐘崎海女の像〕 ※災難除けの今宮社
トイレ...
Read more⛩ 神社名:織幡神社(おりはたじんじゃ) 地元では「シキハン様」とも呼ばれ、親しまれています。
福岡県宗像市の鐘崎に鎮座する織幡神社は、古くから日本の歴史と深く結びついてきた延喜式内名神大社であり、宗像大社に次ぐ格式を持つ由緒正しき聖地です。この動画では、海に面した神聖な岬に鎮座する織幡神社の、知られざる歴史と霊験を探ります。神社巡りが好きな方、強力なパワースポットを探している方にとって、必見の内容です。
🙏 御祭神 【主祭神】 武内大臣(たけしうちのおおおみ / たけうちのすくね) 神功皇后を助け、五代の天皇に仕えたとされる伝説的な忠臣であり、長寿と武運長久の神として信仰されています。 住吉大神(すみよしのおおかみ) 志賀大神(しかのおおかみ) 【合祀神】 天照大神、宗像大神、八幡大神、壱岐眞根子臣など八柱を祀ります。
📜由緒 創建時期は不詳ですが、平安時代初期に編纂された『延喜式神名帳』に名神大社として記載されており、その歴史の古さと格式の高さがわかります。 社名の由来(旗織伝説): 神功皇后が三韓征伐に際し、主祭神の武内宿禰がこの地で戦勝を祈願して赤白二流の軍旗を織ったことが、「織幡(おりはた)」の由来と伝えられています。 鎮護国家と航海安全: 古くから異国降伏・海路守護の神として、歴代朝廷から篤い尊崇を受け、国家的な祭祀が執り行われてきました。 沓塚(くつづか)の伝説: 武内宿禰が300余歳の長寿を保ち、この岬で沓(くつ)を残して昇天(神去)したという伝説が残されており、境内には「沓塚」が鎮座しています。 この岬は、潮風と波の音が絶えず響く、まさに神聖な雰囲気を持つ強力なパワースポットです。
📍 鎮座地 〒811-3512...
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