山津照神社。 御祭神は,国常立尊(くにとこたちのみこと)。
古代,息長氏が栄えた所。
ーーーーーーーーーーーーーーーー 山津照神社古墳。 参道の拡張工事で発見されたとのこと。
神功皇后の父親,息長宿禰王の墳墓とされる。 つまり,此処は神功皇后の故郷かも, て,思うてやって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーー 滋賀県指定史跡 山津照神社古墳昭和44年9月12日指定 天野川右岸の丘陵上にある式内山津照神社境内に位置する当古墳は、明治15年に社殿の移転に際し、横穴式石室が発見された。 墳丘は一部が削平をうけているが、全長約63mと推定できる前方後円墳である。主体部には石棺を安置していたようで、内行花文鏡・獣文鏡・五鈴鏡・金銅製装身具残片・三輪玉・鹿角製刀子・馬具・勾玉・管玉・切子玉などと杯蓋・杯身・提瓶・長頸壺・大型器台などの須恵器類が出土している。墳丘からは朝顔形埴輪・円筒埴輪が出土している。これら出土品の大部分は滋賀県指定有形文化財に指定されている。 当古墳は天野川下流の古代朝妻郷内に所在する人塚山・後別当・塚の越・狐塚古墳など前方後円墳とともに息長古墳群を形成し、息長氏と推定される首長系譜を明らかにする古墳といえる。 平成4年3月 滋賀県教育委員会
滋賀県文化財学習シートPDF ーーーーーーーーーーーーーーーー 古墳前に祀られる,若宮八幡宮。
祭神は伊邪那美命と伊邪那岐命。
息長宿禰王とその妃,葛城高顙媛(かずらきのたかぬかひめ)かも知れんらしい。葛城高顙媛は宗像,田島の出身と書かれた文章...
Read more山津照神社(やまつてるじんじゃ)は滋賀県米原市にある神社である。創祀年代は詳らかでないが、「神祇資料」によると、「山津照神社、今能登瀬村にあり、称徳天皇天平神護2年、近江地6戸を神封に充奉る」とあり、又「近江坂田郡志」によれば、「興福寺官務牒疏」に「山津照神。在坂田郡箕浦之東能登瀬。供僧三人。神主二人。神人二人。宣化天皇三戌午年。影向勧請。金勝寺四箇處鎮守之其一也」とあり、延喜式の小社に列せられた古社である。天武天皇の御代奉幣あり、文徳天皇より、仁寿元年正六位に進められ、清和天皇より、貞観8年正四位下に敍せられた。宇多天皇の寛平9年金勝寺の鎮守として、近江国の国司から、この年に年分度者2人に許可を与え、それぞれ飯道名神(信楽)と山津照名神とに仕えさせたい旨奏上したところ、朝廷もその請願を許可された。又醍醐天皇の延長6年、位記の印を請け、光明天皇の暦応2年、祈願あって本社を修造された。後光厳天皇の文和3年、御祈願があるなど朝野の崇敬が厚く、社領の寄進などがしばしば行はれた。中世は青木の宮と称せられていたが、明治以降はもとの山津照神社に復称し、明治14年郷社に列し、大正10年県社となる。近郷の総社として27ヶ村(現在は20ヶ村)の氏神として崇敬されている。境内にある古墳は、明治15年参道拡張工事の際発見されたもので、神功皇后の御陵候補地で...
Read more山津照神社(やまつてるじんじゃ)。滋賀県米原市。 式内社(小)、旧社格は県社。
主祭神:国常立尊(クニノトコタチ)。 【関係氏族】息長氏。
資料によると、 尾根の広大な社。 現在の社殿は明治15年に旧境内より移転新築に着手し、同18年完成遷宮されたものである。旧社殿は現社殿より南に約80mはなれた山すそにあり、現在青木神社がある。 両社の間に古墳があり、神功皇后の父君なる息長宿禰王の墳基という。 古墳は「山津照神社古墳」として、県史跡に指定さ...
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