❶【参考 咳神さま 韮崎市の民話伝説 1967年】
新府城の出城_能見城には鎮門、竜の口門があった。両門の前方に関所があったと言い伝えられている。当時守門を設け役人を置き往来の人、又は通貨物の出入りを改めた番所があったようである。 番所の奥に関所の神様が祭られている。ひとつは手塚六郎氏の裏山、ひとつは伊藤祐文氏の裏山にそんざいする。関所の神様を人呼んで、関神様といい、咳の神様と同音なるにより百日咳に悩む者、近隣のみならず遠く県外からも、たん咳に苦しむ者 参詣したそうである。 両関所近くには土塁に囲まれた豪族屋敷、刀鍛冶に関係ある石祠又関所に関係する地名、他その他種々の伝説が多く残されている。 咳が治ると ブリキでつくった小さな鳥居や旗を揚げる風習が今も残されている
❷【参考 鎮門 韮崎市の民話伝説 1967年】
鎮門は新府城の外郭能見城の正門である。 鎮門の前方は 一大低地で湿原帯をなし、その水の落尻は、しりこしり坂という旧坂であり要害の地であった。 武田勝頼は悪鬼羅刹の侵入を防ぐため、永久鬼門鎮護として鎮門をもうけ、夏目の津島神社に厄除けの祈祷をしたという。 穴山駅の解説、夏目部落の開墾等によりその姿は変わったが、今でもその当時をしのぶことが出来る地形となっている。又鎮門の畑などと称し鎮門の名、...
Read more2024/7/7 登城口からバイクで登り、途中バイクを停めて頂上部まで徒歩で登りました。 主郭には計器設備と掘っ立て小屋があり、その小屋は長靖寺と看板がありました。ここまでの道中と頂上部の道は草ボウボウというわけではないので誰かしらが草刈りなど管理していると思われます。またちょうど紫陽花が満開でした。 帰りに脇道(北側)があり行ってみると土塁や堀切など確認できました。この山城だけでなく周辺の山城や砦などの地形や配置と時代背景がわかってれば色々と面白さも違うのでしょうがその辺は全くわからんので評価が低い山城でしかないです。 下山後この辺りの山城や砦など行...
Read more2025/9/28 穴山駅から見上げると、城山の壁面に城跡の大きな表示が目に入る。道路を北側に少し進むと右手の民家の庭に枡形虎口と言われる場所がある。ほんとなら素晴らしい。城山を登ると特に城跡を感じる場所はない。山頂には守屋氏発祥地の石碑があり、反対側にはお寺?の建物が。少なくとも山頂を城として使っていたとは思えない地形だ。 ただ、穴山駅のあたりは周囲が自然の堀になっており、この辺りが城の主要部だった...
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