五街道中山道五十六番目の宿場。明治時代以降は金生山から採掘される石灰は江戸時代から興り、明治時代以降は同じく金生山から採掘される大理石の加工業が発達。この大理石が明治以降の洋風建築に使用された。今はなき本陣には幕末の和宮御降嫁の際に宿泊された場所の一つである。宿場として栄えた時代の建造物は少ないがレトロな雰囲気を感じさせる町並みは散策の市街があると思います。恐らく観光用の駐車場はないので最寄り駅である東海道本線赤阪支線美濃赤坂駅まで大垣駅から向かうのがいいと思いま...
Read more《解説看板》 赤坂宿 赤坂宿は、かつて中山道六十九次の57番目の宿場町として栄え、東西に連なる町筋には、本陣・はたご脇本陣をはじめ旅籠屋17軒と商家が軒を並べ、美濃国の宿場町として繁盛していました。 現在もその古い建造物や数多くの史跡が多く残されています。また、赤坂宿には谷汲街道・養老街道が通っており、分岐点である四ツ辻には道標が建てられています。 明治年間には杭瀬川の豊富な水量を利用した舟運交通が最盛期を迎え、赤坂宿の東端にある赤坂港が重要な...
Read more赤坂宿の本陣は宝永八年(1711年)の町並図によると、四軒あったそうです。 この松平彦十郎家は江戸時代初期から本陣を勤め、人馬継ぎ立てを行う問屋も兼ねていました。宝永八年の間取り図によると、間口十七間半・奥行二十八間・座敷通り四二二畳で門・玄関付の立派な...
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