小郡市大崎にあり、地元では「たなばたさん」とも言われ親しまれる『媛社神社(ひめこそ)』。 神社の歴史は古く、和銅6年(713年)には肥前国風土記ではその由来も出てきています。 以来、1300年に渡り地元の氏神として信仰され、旧暦の七夕である8月7日には「七夕神社の夏祭り」が行われ、全国から送られてくる「願い」が込められた短冊が笹竹に飾られ、多くの参拝者で賑わっています。(2021年は残念ながら中止) 恋人の聖地にも選ばれているロマンチックな媛社神社(ひめこそ)に参拝へ訪れてみました。
神社への入り口に建つ大きな七夕神社の看板が目印です。
看板の下には七夕物語の織姫と彦星が。
駐車場は、神社の壁際にありますが車線が引いてないので分かりづらくなっています。 近隣の「たなばた地域運動広場」に広い駐車場があるので、そちらを利用してもいいかと思います。
正面に織姫と彦星の石像があるのが通称七夕神社こと「媛社神社」です。 織姫は女優の仲間由記恵さん、彦星は元日本代表サッカー選手の中田英寿さんの顔をモチーフに造られたそうです。
一ノ鳥居を抜けると、次にある二ノ鳥居の扁額に注目です。
扁額をよく見ると、二つの神社の名前が書かれており、左側は「棚機神社(たなばた)」、右側は「磐船神社(いわふね)」とあります。この磐船神社とは、筑紫君磐井を討伐した古代の豪族「物部氏」の祖であるニギハヤヒを祀った神社です。 この小郡の地で、筑紫君磐井と関係してくるとは思いもしなかったです。歴史とは面白いですね。
手水舎には紫陽花が1輪飾られており、氏子さん達に大事にされている神社なのだなぁ〜と思いました。 境内は綺麗に掃除され、とても気持ちがいい神社です。
拝殿の前には立派な狛犬がいます。 吽形の狛犬はなんと、文政5年(1822)と刻まれていてとても古い年代の物でした。 ところが、写真上の阿形の狛犬は平成5年(1933)の奉納となっていて新しい狛犬です。どっちも変わらないように見えてしまうのは、石工さんの技術の高さでしょうね。
普段は拝殿には上がれませんが、希望者がいれば案内してくれるそうです。 その他に参拝者が楽しめるようにと、織姫と彦星の顔はめボードもありました。
また、境内は社務所は開いておらず宮司さんは不在の為、箱型の記帳所が設置されています。 その中にて、1枚100円で販売されている短冊に願いことを書き、拝殿前に用意されている笹竹に短冊を結び奉納することができます。
そして、この七夕神社はなんと!全国のプロポーズにふさわしい場所として『恋人の聖地』に認定されています。 ここ七夕神社と周辺エリアは全国123番目、県下4番目の選定となっています。
神社には宮司が常駐していませんので、御朱印の頒布は毎月第1日曜日及び7月7日と8月7日にされているようです。
【七夕神社とは】 七夕神社は、正式には媛社(ひめこそ)神社といい、肥前風土記(ひぜんふどき)(七三〇年頃)の中に記述があり、当時すでに大崎のこの地に神社がまつられていたことがわかります。祭神は、神社縁起(じんじゃえんぎ)に姫社(ひめこそ)神と織姫(おりひめ)神と記されています。 また、今から千年以上前の延喜式(えんぎしき)という書物には各地から朝廷に差し出す献上品の一覧表が残っています。それによると、小郡を含む筑後の国の献上品は米と織物になっており、この地方は織物がたいへん盛んであったことがうかがえます。また、古来織物に携わってきた人々は織物の神として「棚機津女(たなはたつめ)」という機織りの女神を信仰していました。この棚機津女の信仰と中国より伝わった織姫・彦星の物語が混然同化して、織物の神をまつる棚機(七夕)神社として親しまれるようになったと思われます。 古老の話によれば、「この神社は『七夕さん』として親しまれ、八月六日の早朝から翌七日の朝にかけて、筑前、筑後、肥前一帯から技芸上達のお詣りで大崎に通じる道路は参詣者(さんけいしゃ)が列をなした。」と語っています。 また、宝満川を挟んでこの織り姫をまつる七夕神社と相対して老松(おいまつ)神社があり、ここに大正十二年の圃場整備(ほじょうせいび)の際に合祀(ごうし)された牽牛社(けんぎゅうしゃ)があります。天の川と同じく南北に流れる宝満川とその両岸にまつられた織姫と牽牛(彦星)は、天上の物語を地上に配した様になっており、そこには昔の人々の信仰とロマンが感じられます。 平成五年...
Read moreA festive, local and genuine experience of the Tanabata matsuri (七夕祭). In this small shrine, you can witness nearly all the traditional elements of Japanese festivals you see in anime, from wish making to goldfish catching. It takes around 15 mins to walk from the nearest train station. The train is operated by a private company, so JR Pass...
Read more肥前國風土記に曰く。 姫社郷(ひめこそのさと) 此の郷の中に川有り、名を曰く山道(やまと)川。其の源、郡の北山より出て、南を流るる御井大川に会ふ。 昔は此の川の西に荒ぶる神有り。路行く人、多(さわ)に殺さゆ、半ば凌ぎ半ば殺(し)にぬ。 その時、崇る由(よし)を卜(うら)へ求(ま)くに兆(うら)へ云(つ)らく。筑前国宗像郡の人、珂是古をして、吾が社(やしろ)を祭らしめよ。若し願かなはば、荒ぶる心起こさじ、と。 珂是古を覓(ま)きて神の社を祭らしむるに、珂是古即ち幡を捧げ祈祷して云く。誠に吾が祀るを欲すと有らば、此の幡、風のまにまに飛び往きて、吾が願する神の辺に堕ちよ、と。便ちその幡を挙げ、風のまにまに放ち遣る。 その時、其の幡飛び往きて、御原郡姫社の社に堕つ。更に還り飛び来り、此の山道川の辺に落つ。此に因り珂是古、神の在す処を知りてより、其の夜夢見。臥機(くつびき)絡(たたり)舞ひ遊び出で来、珂是古を壓し驚かす。是に於て亦、女神とも識る。即ち社を立てて之を祭る。 それより後、路行く人殺されず。...
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