琵琶湖から流れ出でる瀬田川の渓谷を望む立木山の山腹、800段の石段の先にある安養寺は立木観音と呼ばれている。9世紀の頃、弘法大師は山に光を放つ霊木を見つけられたが、瀬田川の急流で渡れずにおられる所、白い雄鹿が現れ大師を乗せて川を跳び越え霊木の前まで導かれたと云う。大師ご自身が42歳の厄年であり、お導きいただいたのだと歓喜され、立木のままの霊木に観音菩薩を彫られお堂を建立された。以来1200有余年、厄除けの観音として広く信仰されている。 全国には観音様を立木そのまま掘り上げる立木観音が数多く有るが、瀬田の唐橋から東へ5、6キロ行った処に立木神社がある。7世紀中期に武甕槌命が鹿島から御神体を鹿の背に載せて、春日神社に移す道すがら、立ち寄った処に柿の鞭を刺して大和の国の安寧を祈願したところ、柿の木が成ったとか。地元の方がその地に社を建て、立木神社として現在も春日神社の兄弟神社として、厚く守られている。由緒を考えると何か関係性があると思ってしまう。 それより現在的な問題は立木観音へのアクセスだ。急な石の階段が800段あり、15〜30分掛かる。有名な金刀比羅神社の階段でさえ785段でアチラは参道が広く登りやすさが違う。登ったのが10年以上前で体力的に考えると比較対象とはならないが、気をつけるべきは下りであり、膝関節への負担が大きい。まだ初夏の入口だったので、日陰で汗だくにはならなかったが、湿気が高くなってくると汗が吹き出す苦役がキツくなるのは予想しやすい。なのに老若男女を問わず、立木観音を目指して登りに来る人は絶えない。最近は体力的にパワーダウンしており、従前はノンストップでしんどくなったらスピードダウンで登頂する流儀だったが、今回の立木観音は7号目で小休止してしまった。何とか登頂できたが、お堂の裏には奥の院まで階段が続くのだが、ここで心が折れてしまった。奥の院が大好きだったのだか、トライするとこの後のスケジュールに支障を来たさないようにと言い訳を考える。上がるとお茶のお接待があり、水分補給して少し休憩。山の中腹に建立された安養寺には雄鹿に乗った弘法大師の像が目を引く。鹿に腰掛けたお大師さんを目の当たりにするのは初めてだ。限られた敷地で建立された為か、初めて見るお寺のレイアウトだ。観音様が祀られた観音堂と本堂を繋ぐ廊下はちょっと橋の形状となっており、金堂の裏から回るとその橋の下に出る。丁度、鹿に乗ったお大師さんの後ろに出てくる。観音堂は瀬田川の渓谷に向いており、横に配置された唐門が参拝者の目に飛び込んで来る。地元の方からは厄除けの御利益で多くの人が訪れるとのことだが、境内はあまり広くない。しかし霊言あらたかで毎月17日は縁日も開かれるという。境内をひとつ降りたところに御手洗があるが、その横から急の参道があるとのこと。800段の急な階段を降りると膝への負担があり、それを気遣って降りると太腿も結構キツくなる。昔作られた参道も曲者だが今度訪れた時は...
Read more2025,8,28 808段もある立木観音に登ってきました〜!! はぁはぁ…やっと着いた……頂上の休憩所で書いてます( ・ㅂ・)و ̑̑
駐車場は無料です。階段の1段前に『石段八百余段』と書いてるので覚悟して登り始めました。 途中で『三丁』と書いてたので(あと500段登るんか(´ཫ`))と思ってましたが、確か山って頂上の事を『一丁』っていうんでしたっけ?なので逆に勘違い出来てて良かったです。 帰られる方にもこんにちは、と挨拶してもらえて元気を貰い所々休憩しつつ、見上げると家や木漏れ日が無くなってたので((*゚ロ゚)ハッ!!頂上か?!)と頂上前の急斜面な石段をひと踏ん張りしやっとの思いで着きました。パトラッシュ呼びたい
蝉の声に心地良さを覚えながら休憩してると13時間前に食べたばかりなのでお腹痛くなってきて御手洗に行くと、まぁ中綺麗なこと。 外見錆びれてるように見えますが、入るとすのこの匂いがして個室の鍵もちゃんと閉まりますし、便座は自動で開くし、電気は自動で付くし…設備整ってるなぁ〜とほわぁってなってました。(*꒪꒫꒪)
鐘鳴らすってことは…二拍手しないよな?と思い、終わってから調べてみるとここは『真言宗』とのこと。二拍手はしなくてええらしいです。 後の方が誤られてたので気になり調べました。( ・ω・)φ 僕的には間違えてたとしてもこの800段を登って、今ここにいれるってことが幸せで楽しくてこさせてもらってありがとうって思う気持ちの方が大事と思うようにしてるので、間違えててもええと思います。 生きるってのは当たり前の様に思いますが、誰しもができる訳ではない。車停めて800段ぜーはー言いながら登ってこれこそ生きてるって思えるのが僕は好きなんです。せやからってのもあるのか、ここの歴史全然知らんまま来てます… お守りを返しに来たかったのと、体力を使いたくて選んだので…仏様にめって言われちゃわないですきっと。(自分語り長かった)
さて、50分ほどうろうろしたり、こうして休憩所で書いてHP回復しつつあるので『奥の院』登ってきます。鐘鳴らす隣にあって調べてなかったのでどこまで登るのか不安もありますが…いーや今の僕なら行けます!行ってきますι(`・-・´)/
思ったよりも登んなかったです😆...
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休みが3ヶ月ほど無い状態でしたが、久々の休みに、今年やっと、立木観音に、会社の祈祷をしに京都より行きました。もう10年ほど毎年祈祷に行ってます。
今までは、祈祷の際は、アルバイトの受付の女性が、住所などを書いてくれましたが、コロナの為か、自身で書くようになっていました。 奥には、住職らしき若いお坊さんがふんぞり返っいました。 住所を書き間違った為、再度、用紙をお願いした処、駄目だと言われた為、お願いしました。
すると若いお坊さん面倒くさそうに、やれやれといった顔付きで、「あなた自身が間違ったのだから」、「この用紙の大切さが分かっているのか」と言われました。
そこで私は、まず、「もともとそちらで書いていたことをお寺が変えたこと」、「祈祷する人が、どんな気持ちできているのか考えたことがあるのか」、「間違ったものは嫌に決まっていること」を。
また、仏の教えとして、「仏は人を許しなさいといっていること」、「モノよりも大事なものがあること」また、「感謝をもって迎える気持ちを持つこと」等を説いてあげました。
明らかに動揺する若い僧。 えらそうにただ座っているだけで、携帯をいじっている京都の寺の住職と、同じ対応ということを伝えました。
人のミスを追求する僧は、仏の教えに沿っていないこと、弘法大師の仏の教えを忘れたのかと。
そうゆう対応が、仏教離れに繋がること、仏教か廃れること、異なる宗教に入る方が増えることを説きました。
紙一枚は、料金を払っていいことも一緒に伝えました。また、その考え方は、一般人の考え方であり、僧の考えることではないことも伝えました。
………仰る通りです…とは、言ってました。
が、日本人としても、人としても、情けないお寺、僧です。 感謝の気持ちもないお寺で、ガッカリしました。
先代の住職は、そのような対応は、していなかったのて、とても残念だと伝え、祈祷せずに帰りました。
兄弟の兄も出てきましたが、「互いに捉え違いがあるのでは」と言ってきたので、説いてあげました。
受付のアルバイトの若い女性はビックリしていましたが、この娘は、仏教など信じないようになるのだなぁと、帰りながら思いました。
仏教は、今後も更に衰退すると感じた出来事でした。
10年、参拝、祈祷をしてきましたが、もう立木観音には来ることはないと思います。
どうか、この若い僧が【聞く耳】だけはもっていること、そして、他の参拝者には同じことを繰り返...
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