嘉永7年(1854年)、かねてより黒船で密航の機会を伺っていた吉田松陰と金子重輔。松陰は疥癬という皮膚病に悩んでいましたが、下田で泊まっていた旅館から治療には蓮台寺温泉がいいと教えられ、ここまでやって来ます。
実際、こっそり夜中に着いて入ろうとしたのですが、村人しか入れない温泉であり、物音で医師の村山行馬郎に見つかってしまいました。松陰は彼を信じ、思い切って自分の志を全て話したところ、村山医師は松陰達の強い意志を重んじて、自宅に匿い温泉治療もさせてあげました。
二階が藁葺き屋根になっていて一階から見ると天井が閉まり、隠れ家になっていました。 吉田松陰はここで投夷書(ペリーに密航の意志を伝える文書)を書いたと思われるそうです。その文書の原本は現在はエール大学にあります。
又、村山医師も松陰達を匿った事がバレたら幕府に捕まるのに義を重んじる大変な度胸だと思いました。
こういったお話が地元ボランティアの方により詳細に聞け、貸し切り状態で気が付いたら一時間半位、過ぎていました。 投夷書のコピーも見たり、実際に松陰達のいた隠れ部屋に上がってみたり、楽しく、有意義な時間でした。 これで百円は安すぎます。もう少し寄付させてもらってもいいくらいです。 どうも...
Read moreのどかな住宅街にひっそりと佇むお家が、吉田松陰が黒船に密航する直前まで身を潜めた家です。 電車なら伊豆急蓮台寺駅から15分ほど、バスなら弥五郎が100メートルほどのところにあります。 駐車場も2台用意されていました。
入館料100円では申し訳ないくらい詳しく解説をしていただき、とても勉強になりました。
江戸幕末から明治維新の歴史好きには堪らないものがあります。
松陰が使った食器や机などが展示されており、松陰が身を潜めた2階も見ることができます。
松陰が捕縛された当時、この家に幾つか松陰が持ち込んだ本などの持ち物が残されていたそうですが、松陰を匿った罪に問われるのを恐れた家主は慌てて山に埋めてしまい、今は残っていないそう。それでも家主は代々その持ち物を埋めた場所で松陰を悼んで供養していたとのことなので、たまたま出会って好意で家に滞在させ(しかもこの時、松陰は偽名を使っていたらしい)、罪に問われる可能性もあったのにと思うと、人情の厚さに感...
Read more非常に話好きの方が、懇切丁寧に説明をしてくれます。 30分というと大げさですが、それに近い時間、説明してくれます。
この場所は、吉田松陰が黒船密航を企て、下田にいた数日間、持病の皮膚病を治すために訪れ、たまたま居合わせた地元の方にかくまわれた場所といわれています。 隠れていた際に使ったといわれるいくつかのものが保管されていますが、特に本人所有のものが保管されているとか、そういうものはありません。立ち寄り場所の一つといったところです。
吉田松陰ファンなら訪れる価値があるかと思いますが、特にそこまでの思い入れがないのであれば「ふーん」で終わってしまう事でしょう。
ただ、この建物。 数年前までは個人持ちで維持されていたが、最近になって自治体に寄贈されて今の形になったとか。茅葺の維持は相当に骨の折れる作業であり、費用も相当に係るものです。これを個人で維持していたという事であれば、その覚悟は相当なものです。そういう点をもって建物を見ると、ちょっと...
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