続日本百名城🏯 ...
Read more☆国道301号線、亀山城趾を更に北上約1㎞、右手に樹木の繁った小山、ここが武田氏築城した奥三河の前線拠点『古宮城址』 元亀2年(1571年)武田家築城の名手「馬場美濃守信春」の縄張、東三河侵攻の拠点、比高約25m、東西約200m×南北約150mの円形の様な小さな丘陵、当時の土造りの城として最新鋭技術の結集。 天正3年(1575年)「長篠・設楽原の戦い」武田勝頼惨敗後に廃城か、約450年前に普請された武田氏の土の縄張がほぼ完全に残っている事に驚き😲
☆狭い中に見処満載、最初に東の主郭と西のニの曲輪を分断している「大堀切」を土橋から確認。 西のニの曲輪は複雑、横堀と土塁が幾重に、一段下に馬出、ニの曲輪を囲む土塁は凄く立派、西側の作出街道と南を意識した縄張だと良く分かります⚔️ 東の主郭はニの曲輪より少し高く構築され西側に侵入した外敵を迎撃可能、主郭の南西部にさらに高くなった櫓台跡は土橋を見下ろし横矢可能、主郭の入口も高さのある土塁で囲まれた「両袖枡形虎口」主郭の内部が外側から直視出来ません、主郭の中は上段と下段に分かれ、主郭の北側と東側は3~4段の帯曲輪の平坦地、最下部の外周は広目の帯曲輪ぐるっと歩けます🚶
☆西は重防備で戦闘的、東は北(信濃)からの兵を向かい入れる駐屯地的な感じ、但し城域全体の切岸は可なりの傾斜、更に各所に造られた外敵の横移動妨害する「竪土塁」は面白い、登城最後に北側から「大堀切」を登ってみました、両側の曲輪を見上げるように深く幅も傾斜もあり、面白い。 登城前に案内板の城内図をスマホで撮って、縄張を確認しながら探索した方が分...
Read more愛知県で見られる数少ない武田の城跡ですね、後年の徳川色も少しありますがほぼ武田の、しかも築城名人の馬場信春の作です、武田滅亡までの3年間しか機能しなかったのですが山城派の方々の期待を裏切らない傑作だと思いますよ
大通り側から曲がり白鳥神社の鳥居の先30m位に登城者駐車場5台位、鳥居の前の空き地も3台位停められます 鳥居の横に案内板があるので読んでから縄張り図を写真に撮りましょう 推奨観覧ルートが載っていますのでこちらを基本にして歩きますが本格城攻め派は寄り道ばかりする事になりますね
標高差は30m程、見どころはなんと言っても武田式の土塁ですね 一文字土塁、仕切り土塁、堅堀の両サイドに積み上げた堅土塁など武田好きには天国です 防御重視だった様で迷路の様な堀や横堀、高い堀切、枡形虎口、西面には大量の段曲輪と馬出しで迎撃したのでしょう
降りて来てから神社の左側の大堀切から再度本郭まで敵兵気分で登ってしまった なんだろう?武田の城跡に行くとつい昂ぶっちゃいますね
この後はすぐ近くの「道の駅つくで」で休憩がてら第2駐車場から奥...
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