☆国道301号線走っていると右手の丘の上に『亀山城趾』の大きな看板👀 「道の駅 つくで手作り村」に隣接する丘の上、亀山城趾を訪問する場合は奥の「道の駅...
Read more愛知県新城市作手清岳にある作手亀山城跡。 「道の駅つくで手作り村」の裏山といった感じ。 2018年のGW以来、6年半ぶりくらいでしたが、 変わっていたのは本丸の説明板【13枚目】くらいでした。 前回は『作手古城まつり』前だったので、 キレイに刈払いしてあって、 城をイメージしやすかったですが、 今回は天気が良くないのもあり、 イマイチわかりづらい感じですが、 ご了承ください。
以下は【作手亀山城の歴史】 応永31年(1424) 8月、奥平貞俊が川尻城から移り、 その後、貞久・貞昌・貞勝・貞能・信昌の5代が居城とした。
天正元年(1573)...
Read more約20年ぶりくらいに城跡まで登らせていただきました。
たしか当時は 車で山頂まで登れたと思いましたが 現在は封鎖されているため 徒歩での登りしかできなくなっております。
素晴らしく眺めの良い頂上部ですので ぜひハイキング替わりに御登りください。
亀山城は、応永31年(1424年)に奥平貞俊によって築城された。貞俊は、天授年間(1375年~1380年)に現在の群馬県からこの地に移り住んで川尻城を築いた後、亀山城を築城してここに居城したとされている。その子孫は、この地で支配者としての地位を確立し、後に山家三方衆と呼ばれる有力土豪となった。16世紀になると、今川氏、松平氏、織田氏といった武将の配下を転々としながら、天正3年(1575年)に徳川方となって長篠城の城主となった奥平貞(信)昌の長篠の戦いでの功績により、奥平氏は歴史に名を残すこととなった。
存続期間については、応永年間から城主が長篠城へ変わる天正年間の時期と慶長7年(1602年)~15年(1610)年に奥平信昌の四男...
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