It's not easy to spot this little shrine on the countryside road. Not the fanciest place but a very relaxing atmosphere in the middle of the forest. It's situated near...
Read more坂東三十三ヵ所観音霊場の参拝でお伺いしました。 真言宗豊山派のお寺で南明山慈眼院清瀧寺といい、霊場第二十六番札所になります。 行基菩薩が自刻の観音菩薩像を祀って、寺を建立したのが清瀧寺の草創と伝わります。 古刹ですが長く住職不在で土浦市小野の里の人々や信仰のある方々により守られてきたお寺です。 明治初年の神仏分離令の影響で困窮を余儀無くされ、無住の時代を迎えましたが、お寺は土浦市小野の里の人々によって支えられてきました。 昭和44年(1969年)の火災により本堂が全焼してしまいましたが、参拝者(住所不定者とも)が灯したロウソクが倒れて賽銭箱に引火したとされ、昼間の火災であったにもかかわらず火の回りが早く御本尊を救い出すことが叶わなかった。 清瀧寺を守ってきた小野の里の人々は浄財を募り昭和52年(1977年)に本堂を再建し、坂東霊場第二十三番札所の佐白観音(正福寺)の住職の寄進によって本尊(聖観世音菩薩)も祀られた。 御朱印は境内にある納経所で、現在も小野の里の人々の当番制により参拝者の世話をしています。 山門(仁王門:天保年間の建立)を入り石段を...
Read more清瀧寺は土浦市の旧新治地区、筑波山の麓にある真言宗のお寺です。 坂東三十三観音の第二十六番札所になっています。
開基は諸説あるようです。1つは推古帝15年(607)に竜ケ峯に創建され、大同年間(806-810)徳一上人により古観音に移されたという説と行基が刻んだ観音像を祀って寺を建立したのが始まりと云う説、他にも色々な説があるそうです。
寺の名前は筑波の二神(イザナギとイザナミ)が雨の鉾で地面をついたところ、滝のように清水が湧き出た伝説に由来します。
七堂伽藍を備えた大きな寺だったようですが、天正年間(1573-1592)小田氏・佐竹氏の兵火により焼失し、江戸時代に現在地に再建されたと伝えられています。
しかし昭和44年(1969)に本堂、さらに昭和48年(1973)には仮堂も火災にあい、現在の本堂は昭和52年(1977)に鉄筋コンクリートで再建されました。
文化財的には江戸時代に建てられた山門が残っており昔日の面影を残しています。
住職はいらっしゃらないそうですがボランティアの方が御...
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