ここは片田舎の土豪に過ぎなかった真田幸隆が武田信玄に仕えて、目ざましい戦功をたてた幸隆の生地。
5人の子供に恵まれたが、一男、二男が「長篠の戦い」で戦死! 三男の昌幸が家督を継ぐ。
なんと彼は情勢に応じて1年間で、織田・北条・徳川と主君を変えて地位を不動のものとしている!?......... また昌幸の二男が 真田幸村!
高野山配流とは? 慶長5年(1600) 家康は上杉景勝を討伐する軍を起こした。 真田昌幸・幸村父子は徳川軍に従っていたが、下野 犬伏 (栃木県佐野市)で石田三成から石田方 (豊臣秀頼方) へ加わるようにとの密書が届き、 父子は協議した末に、昌幸と幸村は豊臣方へ、 長男信之は徳川方へ付くことになる。 そこで父子、兄弟は犬伏 で訣別することになる! これが世に言う「犬伏の別れ」である。
それにしても、戦国時代は非情なもので親子兄弟は縁を切ってまで争っていたものである..........。
上田城に戻った昌幸は、関ヶ原に向かう徳川秀忠の大軍の進路をはばみ (第二次上田合戦)、秀忠 の関ヶ原到着を遅らせたが、 結果は石田方の大敗 となり、家康の命により昌幸・幸村は高野山(九度 山)に流されるのである。その後、真田幸村は大阪夏の陣で家康本陣に肉迫するが戦死(49歳没)を遂げる!
真田家の家紋が六文銭? 三途の川の渡し賃で武士が戦いに挑んでは生きて帰れぬものという強い意志を表している!
慶長16年(1611) 昌幸は和歌山県九度山で波瀾に 富んだ生涯を閉じ享年65才、...
Read more真田氏が地元の方に慕われている事がよくわかります。真田繁信(幸村)よりも真田幸隆、昌幸、信幸の情報が多く、武田24将である信綱、昌輝のことを語られておりますので、真田好きにはたまらないですね。 歴史館自体は大きくなく、様々な資料が一つの広い部屋に飾られております。ただ並べられているだけではなく、時系列に沿って順に学べます。 その中には、秀吉から昌幸に宛てた手紙もあり、現代語に訳されているので、理解できます。 その部屋は写真撮影不可ですが写真よりも自身の記憶に留めておくほうが良いのかも。 部屋の出入り口付近には小さいながらも、真田グッズが販売されています。 また壁にはNHKドラマで真田家を題材にした、 真田太平記に出演されていた丹波哲郎さん、渡瀬恒彦さん、草刈正雄さん、榎木孝明さん、紺野美沙子さんが真田家のお墓に訪れた写真が飾っています。 また当時の大きなポスターも掲示されており、迫力がありました。 歴史好きの方は、ご存知な情報ばかりだと思いますが、直に触れる機会の場としては、良い資料館です。 ちなみに車で行くことになると思いますが、駐車場が10台弱なので気...
Read moreReally excellent museum to learn more about the great Sanada. Also, beautiful grounds and famous red flowering bushes. Also an 18 hole mallot...
Read more