茶臼山城は小田川に面した標高114mの茶臼山とその麓部分を活用した平山城である。茶臼山までの比高は約80m程度。山上部分は現在、茶臼山文化の丘として整備されており車で登ることが可能である。
茶臼山本丸は電波塔が設置されておりあまり整備されていないが、本丸の周囲にはかなりの規模で石垣が残っている。ルートから外れた部分に最も残っているので見逃さないよう注意である。 二の丸、爺ケ段などは整備された広い郭となっている。縄張り図によるとかつては麓部分には屋敷などが並んでいたようである。山城から平城への移行期の平山城であったと案内板に書かれていた。
茶臼山城は備中に侵攻した毛利元就四男の毛利(穂井田)元清によって築かれた。元清は当初近くの猿掛城を居城としていたが、1584年に茶臼山城を築き備中統治の拠点とした。1600年の関ヶ原の戦い後に毛利氏が備中から退去する際に...
Read moreこの地点は、茶臼山の頂上で、茶臼山城の主郭のあったところ。備中では、松山城に次ぐ広さの連郭式の城だったらしい。 樹木をはらえば、山陽道を西方眼下に一望できたろう。戦国末期の西国への往来途上の要衝地点だったろう。主郭を取り囲む帯曲輪から5m程の高さにある。三角点は、南向...
Read more矢掛駅(徒歩35分)矢掛道の駅(30分)の場所です。 文化の丘を散策中に出くわす案内板に沿って登るとTVアンテナ📡がある場所に出る登山道です。 わざわ...
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