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Former Inoue family residence — Local services in Abiko

Name
Former Inoue family residence
Description
Nearby attractions
Miyanomori Park
1223-1 Fusa, Abiko, Chiba 270-1101, Japan
Nearby restaurants
Karen' chūbō (Chinese lotus kitchen)
1101-4 Fusa, Abiko, Chiba 270-1101, Japan
Nearby local services
Tōkoku-ji Temple
2 Chome-27-11 Kotobuki, Abiko, Chiba 270-1152, Japan
Takeuchi Shrine
1220 Fusa, Abiko, Chiba 270-1101, Japan
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Former Inoue family residence
JapanChiba PrefectureAbikoFormer Inoue family residence

Basic Info

Former Inoue family residence

1 Aijima Shinden, Abiko, Chiba 270-1106, Japan
3.9(35)
Closed
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spot

Ratings & Description

Info

Cultural
Scenic
Family friendly
Accessibility
attractions: Miyanomori Park, restaurants: Karen' chūbō (Chinese lotus kitchen), local businesses: Tōkoku-ji Temple, Takeuchi Shrine
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city.abiko.chiba.jp
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Wear modern kimono and feel the spirit of Wa
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Thu, Jan 29 • 1:00 PM
133-0051, Tokyo Prefecture, Edogawa City, Japan
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Miyanomori Park

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4.0

(64)

Open until 12:00 AM
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Karen' chūbō (Chinese lotus kitchen)

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4.0

(170)

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Tōkoku-ji Temple

Takeuchi Shrine

Tōkoku-ji Temple

Tōkoku-ji Temple

3.8

(30)

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Takeuchi Shrine

Takeuchi Shrine

4.0

(32)

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ロン・オッターロン・オッター
「ざわ…ざわ…勝ち組だ…」 江戸時代から続く布佐の名主の家です。豪農の立派な造りであり、我孫子市指定文化財となってます。 現在は誰も住んでませんが、訪問した際にはボランティアの方がいらっしゃり、井上家の歴史から最近の布佐の状況まで、地元の方ならではの興味深い話をお伺いできました。 井上家は元々は銀座の商人だったそうですが、幕府の干拓・新田開発事業の請負に乗り出し、手賀沼布佐に移住しました。 8代将軍徳川吉宗の時代、財政難の解消を目指した享保の改革の一環として、干拓・新田開発が計画されます。 故郷紀州から呼び寄せた治水のプロ井沢弥惣兵衛が描くグランドビジョンに基づき、ここ手賀沼をはじめとして、印旛沼や飯沼、見沼など関東各地にあった湖沼の干拓事業を行いました。 井沢弥惣兵衛の干拓方法として、堤を築いて締め切り沼底の一番低いところに排水路を掘って水を落とす。一方で排水路よりも高さのある両端の縁に用水路を通して干拓地の灌漑を行います。 これは見沼や飯沼、鴻沼でも同じ方法であり、いずれも干拓を指導した井沢弥惣兵衛の出身地をとって、俗に「紀州流」と呼ばれています。 また、これらの事業は「町普請」や「請負」と呼ばれる地元民の出資、労働力の提供による地元主導型の事業でした。 これは幕府から見たら低コストで年貢米の増加が期待できる一方、地元も干拓が成功すれば新田は自分達のものとなり収入増が見込める、まさにwin-winです。 今で言う「PFI型事業」のはしりですね。 が、干拓は多額の資金と人足を必要とするかなりの難事業であり、同時期に干拓事業を実施した牛久沼は失敗、印旛沼も完成が昭和までかかる300年間の難工事でした。 請け負った牛久沼の桜井庄兵衛や印旛沼の染谷源右衛門は、双方とも破産に追い込まれています。 つまり、干拓事業はうまく行けば大富豪、失敗すれば一文無し、というまさに大博打だったようです。 ここ手賀沼も工事途中の大雨により、氾濫や堤防が流される等の失敗を繰り返し、昭和43年に完成するまで300年もの期間がかかりました。 しかし主導した井上家は破産することなく、地元の名家として現在も君臨(?)しています。 井上家は我慢比べのギャンブルに勝ったウイナーと言えるでしょう。
井関英也井関英也
JR布佐駅南口から徒歩20分くらいで到着。まず迷うことは無いが、手賀沼側のバイパス経由より北側の通り(ほぼ直進)を歩く方が風情がある。車なら国道356号(バイパス)経由の方が駐車場に直ぐに入れて便利だ。 井上家は元は近江商人で江戸初期には江戸尾張町(銀座)に家作をもって商いをしていたとのこと。享保年間に手賀沼開干拓に加わり、江戸から転居して代々開発地の名主として活躍したらしい。明治には当主の娘が元美濃岩村藩主松平家に嫁入りしており、式台玄関に飾られている葵の紋付きの長持はその時のものだそうだ。また、井上家の古文書原本の一部はネットでも見ることができる。 文化財登録は母屋、土蔵、表門、裏門、庭門、旧漉場などで、江戸から昭和までの貴重な建造物だ。中には立ち入れないが、母屋の内部は土間、玄関、そして中庭から眺めることができる。 母屋はとにかく立派だ。一般的な名主の家と比べると、間取りもどことなく商人らしさが滲んでいるように感じる。ただ、2階もあるらしいのだが、どうなっているのか分からず残念。また、水害対策の盛土の上に建つ倉も経てきた時間に加え、この土地ならではのもので貴重だ。 家の北側の通り向かいには新田開発の記念碑があり井上家の事跡を賞賛している。また、南側の国道沿いには直線状の土手がある。いつの時代のものか、水害対策か干拓のためのものだろう。何れにしても祖先の労苦の賜物に違いない。これも大切にしてもらえたら良いのだが。
ヤマ田太郎ヤマ田太郎
手賀沼の干拓に、江戸時代から力を尽くしてきた井上家の住宅で、名主の家だけあって賓客専用の式台玄関を持つ立派な物です。今、駐車場がある側は裏口側なので、反対側にある豪奢な正門から入った方が、よりVIP気分を味わえるでしょう。(笑) 江戸時代の手賀沼は、今よりもずっと大きくて井上家の前に広がる田んぼは、実は元は手賀沼であり、人の手の力で美田に変えたのです。ここまでにするには、大変な苦労があったことは想像に難くありません。 この井上家も、目の前に干拓地が広がるという立地上、水害に悩まされてきました。そのため蔵がある場所は盛り土をして、かなり高くなっているのが分かると思います。また外からは見えませんが、母屋や蔵は湿気が上がってこないように、床下に焼いた貝殻を湿気取りとして厚く敷き詰めてあるそうです。 屋内はちょっと痛んでいますが、つい最近まで人が生活していたので、間取りや内装は今風に改変されており、これから調査の上で江戸、あるいは明治時代の間取りに復元するのでしょうね。 そうすれば水海道市の坂野家住宅のように、ドラマ撮影やCMの名所として賑わうのではないでしょうか? ですから早めに予算をつけてくださいよ我孫子市さん(笑)坂野家住宅より東京に近いので、移動時間が節約でき十分に勝算はありますよ。
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「ざわ…ざわ…勝ち組だ…」 江戸時代から続く布佐の名主の家です。豪農の立派な造りであり、我孫子市指定文化財となってます。 現在は誰も住んでませんが、訪問した際にはボランティアの方がいらっしゃり、井上家の歴史から最近の布佐の状況まで、地元の方ならではの興味深い話をお伺いできました。 井上家は元々は銀座の商人だったそうですが、幕府の干拓・新田開発事業の請負に乗り出し、手賀沼布佐に移住しました。 8代将軍徳川吉宗の時代、財政難の解消を目指した享保の改革の一環として、干拓・新田開発が計画されます。 故郷紀州から呼び寄せた治水のプロ井沢弥惣兵衛が描くグランドビジョンに基づき、ここ手賀沼をはじめとして、印旛沼や飯沼、見沼など関東各地にあった湖沼の干拓事業を行いました。 井沢弥惣兵衛の干拓方法として、堤を築いて締め切り沼底の一番低いところに排水路を掘って水を落とす。一方で排水路よりも高さのある両端の縁に用水路を通して干拓地の灌漑を行います。 これは見沼や飯沼、鴻沼でも同じ方法であり、いずれも干拓を指導した井沢弥惣兵衛の出身地をとって、俗に「紀州流」と呼ばれています。 また、これらの事業は「町普請」や「請負」と呼ばれる地元民の出資、労働力の提供による地元主導型の事業でした。 これは幕府から見たら低コストで年貢米の増加が期待できる一方、地元も干拓が成功すれば新田は自分達のものとなり収入増が見込める、まさにwin-winです。 今で言う「PFI型事業」のはしりですね。 が、干拓は多額の資金と人足を必要とするかなりの難事業であり、同時期に干拓事業を実施した牛久沼は失敗、印旛沼も完成が昭和までかかる300年間の難工事でした。 請け負った牛久沼の桜井庄兵衛や印旛沼の染谷源右衛門は、双方とも破産に追い込まれています。 つまり、干拓事業はうまく行けば大富豪、失敗すれば一文無し、というまさに大博打だったようです。 ここ手賀沼も工事途中の大雨により、氾濫や堤防が流される等の失敗を繰り返し、昭和43年に完成するまで300年もの期間がかかりました。 しかし主導した井上家は破産することなく、地元の名家として現在も君臨(?)しています。 井上家は我慢比べのギャンブルに勝ったウイナーと言えるでしょう。
ロン・オッター

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JR布佐駅南口から徒歩20分くらいで到着。まず迷うことは無いが、手賀沼側のバイパス経由より北側の通り(ほぼ直進)を歩く方が風情がある。車なら国道356号(バイパス)経由の方が駐車場に直ぐに入れて便利だ。 井上家は元は近江商人で江戸初期には江戸尾張町(銀座)に家作をもって商いをしていたとのこと。享保年間に手賀沼開干拓に加わり、江戸から転居して代々開発地の名主として活躍したらしい。明治には当主の娘が元美濃岩村藩主松平家に嫁入りしており、式台玄関に飾られている葵の紋付きの長持はその時のものだそうだ。また、井上家の古文書原本の一部はネットでも見ることができる。 文化財登録は母屋、土蔵、表門、裏門、庭門、旧漉場などで、江戸から昭和までの貴重な建造物だ。中には立ち入れないが、母屋の内部は土間、玄関、そして中庭から眺めることができる。 母屋はとにかく立派だ。一般的な名主の家と比べると、間取りもどことなく商人らしさが滲んでいるように感じる。ただ、2階もあるらしいのだが、どうなっているのか分からず残念。また、水害対策の盛土の上に建つ倉も経てきた時間に加え、この土地ならではのもので貴重だ。 家の北側の通り向かいには新田開発の記念碑があり井上家の事跡を賞賛している。また、南側の国道沿いには直線状の土手がある。いつの時代のものか、水害対策か干拓のためのものだろう。何れにしても祖先の労苦の賜物に違いない。これも大切にしてもらえたら良いのだが。
井関英也

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手賀沼の干拓に、江戸時代から力を尽くしてきた井上家の住宅で、名主の家だけあって賓客専用の式台玄関を持つ立派な物です。今、駐車場がある側は裏口側なので、反対側にある豪奢な正門から入った方が、よりVIP気分を味わえるでしょう。(笑) 江戸時代の手賀沼は、今よりもずっと大きくて井上家の前に広がる田んぼは、実は元は手賀沼であり、人の手の力で美田に変えたのです。ここまでにするには、大変な苦労があったことは想像に難くありません。 この井上家も、目の前に干拓地が広がるという立地上、水害に悩まされてきました。そのため蔵がある場所は盛り土をして、かなり高くなっているのが分かると思います。また外からは見えませんが、母屋や蔵は湿気が上がってこないように、床下に焼いた貝殻を湿気取りとして厚く敷き詰めてあるそうです。 屋内はちょっと痛んでいますが、つい最近まで人が生活していたので、間取りや内装は今風に改変されており、これから調査の上で江戸、あるいは明治時代の間取りに復元するのでしょうね。 そうすれば水海道市の坂野家住宅のように、ドラマ撮影やCMの名所として賑わうのではないでしょうか? ですから早めに予算をつけてくださいよ我孫子市さん(笑)坂野家住宅より東京に近いので、移動時間が節約でき十分に勝算はありますよ。
ヤマ田太郎

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5.0
4y

「ざわ…ざわ…勝ち組だ…」

江戸時代から続く布佐の名主の家です。豪農の立派な造りであり、我孫子市指定文化財となってます。

現在は誰も住んでませんが、訪問した際にはボランティアの方がいらっしゃり、井上家の歴史から最近の布佐の状況まで、地元の方ならではの興味深い話をお伺いできました。 井上家は元々は銀座の商人だったそうですが、幕府の干拓・新田開発事業の請負に乗り出し、手賀沼布佐に移住しました。

8代将軍徳川吉宗の時代、財政難の解消を目指した享保の改革の一環として、干拓・新田開発が計画されます。 故郷紀州から呼び寄せた治水のプロ井沢弥惣兵衛が描くグランドビジョンに基づき、ここ手賀沼をはじめとして、印旛沼や飯沼、見沼など関東各地にあった湖沼の干拓事業を行いました。

井沢弥惣兵衛の干拓方法として、堤を築いて締め切り沼底の一番低いところに排水路を掘って水を落とす。一方で排水路よりも高さのある両端の縁に用水路を通して干拓地の灌漑を行います。 これは見沼や飯沼、鴻沼でも同じ方法であり、いずれも干拓を指導した井沢弥惣兵衛の出身地をとって、俗に「紀州流」と呼ばれています。

また、これらの事業は「町普請」や「請負」と呼ばれる地元民の出資、労働力の提供による地元主導型の事業でした。 これは幕府から見たら低コストで年貢米の増加が期待できる一方、地元も干拓が成功すれば新田は自分達のものとなり収入増が見込める、まさにwin-winです。 今で言う「PFI型事業」のはしりですね。

が、干拓は多額の資金と人足を必要とするかなりの難事業であり、同時期に干拓事業を実施した牛久沼は失敗、印旛沼も完成が昭和までかかる300年間の難工事でした。 請け負った牛久沼の桜井庄兵衛や印旛沼の染谷源右衛門は、双方とも破産に追い込まれています。 つまり、干拓事業はうまく行けば大富豪、失敗すれば一文無し、というまさに大博打だったようです。

ここ手賀沼も工事途中の大雨により、氾濫や堤防が流される等の失敗を繰り返し、昭和43年に完成するまで300年もの期間がかかりました。 しかし主導した井上家は破産することなく、地元の名家として現在も君臨(?)しています。 井上家は我慢比べのギャンブルに勝ったウ...

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22w

JR布佐駅南口から徒歩20分くらいで到着。まず迷うことは無いが、手賀沼側のバイパス経由より北側の通り(ほぼ直進)を歩く方が風情がある。車なら国道356号(バイパス)経由の方が駐車場に直ぐに入れて便利だ。

井上家は元は近江商人で江戸初期には江戸尾張町(銀座)に家作をもって商いをしていたとのこと。享保年間に手賀沼開干拓に加わり、江戸から転居して代々開発地の名主として活躍したらしい。明治には当主の娘が元美濃岩村藩主松平家に嫁入りしており、式台玄関に飾られている葵の紋付きの長持はその時のものだそうだ。また、井上家の古文書原本の一部はネットでも見ることができる。

文化財登録は母屋、土蔵、表門、裏門、庭門、旧漉場などで、江戸から昭和までの貴重な建造物だ。中には立ち入れないが、母屋の内部は土間、玄関、そして中庭から眺めることができる。

母屋はとにかく立派だ。一般的な名主の家と比べると、間取りもどことなく商人らしさが滲んでいるように感じる。ただ、2階もあるらしいのだが、どうなっているのか分からず残念。また、水害対策の盛土の上に建つ倉も経てきた時間に加え、この土地ならではのもので貴重だ。

家の北側の通り向かいには新田開発の記念碑があり井上家の事跡を賞賛している。また、南側の国道沿いには直線状の土手がある。いつの時代のものか、水害対策か干拓のためのものだろう。何れにしても祖先の労苦の賜物に違いない。これも大切にし...

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手賀沼の干拓に、江戸時代から力を尽くしてきた井上家の住宅で、名主の家だけあって賓客専用の式台玄関を持つ立派な物です。今、駐車場がある側は裏口側なので、反対側にある豪奢な正門から入った方が、よりVIP気分を味わえるでしょう。(笑)

江戸時代の手賀沼は、今よりもずっと大きくて井上家の前に広がる田んぼは、実は元は手賀沼であり、人の手の力で美田に変えたのです。ここまでにするには、大変な苦労があったことは想像に難くありません。 この井上家も、目の前に干拓地が広がるという立地上、水害に悩まされてきました。そのため蔵がある場所は盛り土をして、かなり高くなっているのが分かると思います。また外からは見えませんが、母屋や蔵は湿気が上がってこないように、床下に焼いた貝殻を湿気取りとして厚く敷き詰めてあるそうです。 屋内はちょっと痛んでいますが、つい最近まで人が生活していたので、間取りや内装は今風に改変されており、これから調査の上で江戸、あるいは明治時代の間取りに復元するのでしょうね。

そうすれば水海道市の坂野家住宅のように、ドラマ撮影やCMの名所として賑わうのではないでしょうか? ですから早めに予算をつけてくださいよ我孫子市さん(笑)坂野家住宅より東京に近いので、移動時間が節約でき...

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