昭和の初めドイツの技術を導入して作られた鉄橋で、かつては那賀川に橋も少なく国道55号の要でした。南側半分に鉄橋がないのは、かつてこの付近の川幅が狭かった名残です。現在の河原には上中町南島の村の一部が有りましたが、大洪水のたびに被害が大きく、明治時代、ここの部落を千葉に全員入植移動させ、引き堤をしました。これにて計画高水一万トン近くを確保出来るようになり、洪水被害も少なくなりました。中津峰を望める当地は将に葦原中津国、オオナムチがウシ...
Read moreこの橋🌉は、古く今は、あまり通らないのですが、道幅がせまいの...
Read more平凡な景色が、気持ちいい。平日の朝夕...
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