変則5差路交差点の「真正面」である、道の分岐点に立つ真新しい石製鳥居の下を潜り・・・
境内の北東端から、鬱蒼と茂った鎮守の森の中にまっすぐ伸びるコンクリート舗装の参道を歩いて行きます。
近隣は区画整理された新興住宅街で、真新しい一戸建ての家が建ち並んでいました。
社殿の手前まで歩いてくると、左手に出羽三山が祀られた模擬登山ができる小高い築山がありました。
それにしても、その先にある社殿の向きと参道の位置関係が「変」だぞ・・・
実は、表参道(一の鳥居)は境内の西側に回り込んだ別の場所にありました(笑)
最初に潜った鳥居は「裏参道」だったのですね。
もう1度、表参道側から出直してきます!
二の鳥居は大正7年の文字が刻まれていましたよ。
拝殿に向かって手前の右側に手水舎がありますが、水は張られていたものの、残念ながら常に清水を使うことはできない状態(蛇口が外されていました)。
「表」側も背の高い立派な木々が聳え立ち並ぶ鎮守の森の中、道端から拝殿前まで約65mほどの参道が伸びていて・・・
その奥に、神明造の社殿が構える堂々とした佇まいを見せる神社であることがわかります。
明治維新後の社格制定では「村社」に列格し、神饌幣帛料供進神社に指定されていたとの事。
拝殿向かって右手に神楽殿がありますが・・・
当社祭礼で奉納される神楽は、千葉県柏市の塚崎神明社より習ったと伝えられており、船橋市無形民俗文化財に指定されています。
拝殿に向かって左手に伸びる細い参道が、自転車を停めて最初に入ってしまった「裏参道」。
賽銭箱がある前囲みの先に、狛犬様が守護されていました。
振り返って右手(拝殿に向かって左手前)側には社務所がありましたが、通常は無人の社です。
昼間は誰一人来ない、普段は静寂な「自分と神様だけの空間」で、清々しくマッタリとした参拝を求めている神社巡り好きの人にはおススメの場所かも?
帰りはきちんと「表口」から拝礼して境内の外に出ましょ♪
入口近くの木には、災厄除けの蛇綱が巻かれていました。
全体的に、松や杉、ヒノキが鬱蒼と生い茂る鎮守の森が保護されているのですが・・・
残念ながら本殿裏の部分は、宅地開発に伴う道路拡幅で本来あるべきはずの木々が伐採されてしまい、住宅街や道路から本殿の背中が「丸見え」状態。
しかしながら、最寄り駅(東葉高速鉄道「飯山満」駅)から直線距離で約1km離れた場所に鎮座しているので、これでも東京近郊の神社としては「よくぞ、残って...
Read more広い境内の森の中に、拝殿・幣殿・本殿の構成の立派な社殿と、神楽殿を持ち、末社も多数、富士塚もあるという、土地の中心となってきたであろう神社です。 消えかかった説明看板を判読して、疑義があるところも、読み取れたままで下記に引用しておきます。
高根神明社縁起 当社は幾代の昔からかその存立は明らかではないが 江戸時代以前は伊勢明神 船橋明神を 分祀した古社である 古くは観行院が別当を勤めており 元文 寛保 延享の頃は 部落の人達の厚い信心を受け 地頭小栗氏 江戸時代 もこの社を尊信し 年々神供米を差し出していた その後衰退したが 明治になり 名主を始め 氏子も用材等を献納して現在の社殿が完成し 明治十年四月 落成式を行い 現在に至った 御祭神は 船橋明神 春日神 八幡神を祀り 御神楽は明治六年 若者達により 始められ 今日に伝承されている 御神事 一月一日 元旦祭 午前九時 神楽 午前九時半 五月一日 祈願祭 午後三時 神楽 午後五時 十月十四日 宵祭 神輿山車渡御 十月十五日 例大祭 午後...
Read more「神明社(しんめいしゃ)は千葉県船橋市高根町にある神社である。「高根神明社」とも呼ぶ。近年、放火が多発しており、自警団が注意を呼びかけている。
船橋明神、春日神、八幡神を祀る。
本社は、幾世の昔からかその存在はあきらかにではないが、江戸時代以前に伊勢明神船橋明神を分祀した古社である。古くは観行院が別当を勤めており、元文・寛保・延享の頃は、高根部落の人達の厚い信心を受け、地頭小栗氏(江戸時代)も同社を尊信し、毎年神供米を差し出していた。現在の社殿は、明治になり、名主を始め、氏子が用材等を献納して、明治10年4月に落成したものである。 Wikipediaより」 50年近く前に高根小学校で運動会の応援歌があったのをかすかに覚えています。 「神明神社の神主が おみくじ引いて申すには いつも白(赤)勝ち 勝ー...
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