「鮮魚(なま)街道」と呼ばれる道路を走っていると、道脇に大きな鳥居を発見し、訪問してみました。そこからは、側道に入って数百メートル走ることになります。 平日の昼間には、あまり人影もありませんでしたが、参道の石段の下に車を停めて、山上に登ってゆくと、意外なほど(失礼!)に立派な殿舎と神楽殿、お稲荷さんなどを持つ神社が現れ、新鮮な驚きでした。知識不足でしたが、このようなものが北総にあるとは知りませんでした。
「石尊阿夫利神社」というので、神奈川県伊勢原市にある大山(おおやま)山頂に祀られている神様(大山祇命、おおやまずみのみこと)の御分霊かと思いましたが、由緒書を読むとそうではありませんでした。 他の方がクチコミに詳しく書いておられますが、江戸時代に銚子の海で引き上げられた霊験ある青い二つの石を神輿に納め、それこそ大山に奉納しようと一度は村を出たものの、訳あって取って返したところ、青い衣を着た二人の老人が村の役人の夢に現れ、当地に安置しお祀りするよう託宣した……ということらしい。どんな大きさの石なのか、興味がありますが。 いずれにせよ、当地にあったいろいろな山岳信仰を集約し...
Read more創建は明和二年(1766年) 御祭神は石凝留命、岩裂命、日本武尊、根裂命 現地掲示板によれば、明和元年に銚子海底より青石二個引き上げられる、この石は往々奇怪な事があり住民に崇拝する者多し、世直し石尊と尊称される。やがて住民は里の鎮守か相模の国石尊社へ奉納するか議論をし、相模へ奉納すると決定する。相模へ巡行しつつ向かう途中の夜、村吏が夢にて青衣の老人二人に現在地へ合祭せよと受ける、このことをうけ明和二年六月二十七日に現在地の境内の頂に奉納したと伝わります。 階段を上がり境内を見ると、とても明るく淀みがない雰囲気です、稲荷社もありますがこちらもよい雰囲気です、社殿向かい左側に小さな山があり少し階段を上ると青石が納めてあると思われる祠が見えます。 この場所が一番明るく綺麗に感じます。 大きめの境内は清掃をよくされているようで手水舍の水も常に流れています、もっと知られてよい神社と感じます。 車は駐車場階段下に止めます、場所は木下街道を走っていると突然大きな鳥居が見えますので中に入り、車で10分位道なりに走ると看板が見えます、看板通りに道を下る...
Read more利根川の東遷、江戸人口増による魚介類需要の急増、銚子から日本橋魚河岸へ至る超高速物流ルートである鮮魚街道(なまみち)の開発、相模國大山阿夫利神社ブーム… それら様々な要因が重なってこの小高い丘の上に鎮座しているのだと思うと感慨深いです 閑散期の静かな時期にしか訪れたことがありませんが、初詣やお祭りの活気に溢れた阿夫利神社もいつか見てみたいです。
公道から入ると下り坂になりますがまた登る形の石段があります。上には拝殿や摂社、神輿庫や神楽殿などがあり、左手にある小高い山に奥宮という配置になっています。恐らく一番高い頂きに「石尊様」が祭られているのでしょう。なんとなく大山阿夫利神社の下社と山頂の本社の構造を模倣したようにも見えます。阿夫利神社平成の大造営記念碑には「高西新田稲荷山に凸地を築き」とあるのでもしかしたら富士塚ならぬ大山塚のようなもの...
Read more