西念房は俗姓を源氏八幡太郎義家の流れをくむ信州高井郡井上城主井上五郎盛長の子三郎貞親といった。貞親は文治年間(1185~1189)父盛長が戦で討死したのを機に世の無常を感じ、道を求めて親鸞聖人の流刑地越後国府五智国分寺の如来へ参寵。そして、如来の夢告を受け親鸞聖人をたずね、その弟子となった。貞親は聖人から西念と法名を賜り、常時聖人に仕え、やがて親鸞聖人が流罪赦免となって関東へ赴いた時も常随し、常陸へと入国した。その後、西念房は武蔵国足立郡野田の郷に一字を建立、聖人伝来の聖徳太子尊像を安置して専修要道に励んだ。この地は井上家の旧領のあったところと伝えられ、聖人に帰依渇仰の門徒は門前市をなしたという。やがて帰洛の途につく親鸞聖人に、西念房も同行をと願うが、聖人は「関東に止まり有縁の衆生を化益すべし」と諭し、自ら彫刻した尊像と、連座の御影を授けた。西念房は野田の地に止まり、聖人から賜った尊像を師に随従する思いで恭敬尊重して、この地での布教につとめ、正応四年(1291)百八...
Read more親鸞聖人の関東時代における高弟のうちの一人、西念房の坂東市「西念寺」を訪問いたしました。 (西念房に由来するお寺はいくつかあり、どのお寺も大切なのですが「二十四輩会」というもので選定されたお寺はこちらのようです)
車で行くのが一番いいと思いますが、今回は電車と路線バスで行ってみました。 東武アーバンクライン愛宕駅からバスに乗り辺田三叉路というバス停で降りると目の前にお寺があります。 歴史がある威厳を感じるお寺ですが大変掃除が行き届いており綺麗な境内です。 訪問させて頂いた時は前住職様と思われる方に対応して頂きました。 御朱印帳に記入もして頂き、短い時間ではありましたが色々と教えて頂きまして大変勉強に...
Read more「のうこつぼ」は従来のお墓と同様にお参りや法要もでき、墓じまいに高額な費用もかからないので、今も将来も安心なお墓です。個別で使用できるお墓で永代供養墓(合祀)ではありません。 住職も話やすい方です...
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