明応七年1498年の大津波が有った記載がありました。
『光玉山 多聞寺(日蓮宗) 文永元年(一二六四)八月、宗祖日進室人が鎌倉遊学より故郷小湊への帰途、夕刻浜荻にさしかかったとき、美しい童子が宗祖の御前にあらわれ「一夜の宿をご供養申し上げましょう」と当寺に導き、住職に引き合わすと共に姿をしました。宗祖は、当寺のご本尊が「毘沙門天」であることを住職におたしかめになり、「毘沙門天一童子に変じてのご供養」と当寺毘沙門天御宝前にて法味をお供えになりました。 その夜、住職は、浜荻の郷士北浦忠吾・忠内兄弟と共に 宗祖よりご説法をいただき、即座に信を改め天台宗より日遊宗に改宗し、毘沙門天の別名「多聞天」の御名をたまわり、 ③寺号を「多聞寺」と改称しました。 同年十一月十一日、地頭...
Read more日蓮聖人毘沙門天お出迎えの霊跡。文永元年(1264年)8月、日蓮聖人が故郷小湊へお帰りの途中、当地にさしかかられた際、毘沙門天が童子に変じて、日蓮聖人をお出迎えし、一夜の宿を供養されたという縁により多聞寺と称し、『日蓮聖人お出迎え毘沙門天』と信仰されているそうです。また、その後の小松原法難にて受けた疵を北浦忠吾・忠内公の自邸内の「姥ヶ池」で洗い、手当を受けたそうです。しかし、この「姥ヶ池」は明応の大津波で土砂にうずもれてしまったため、井戸に改修し「疵洗いの井戸...
Read moreR7.9.18参拝 お昼少し前に到着し丁度法事が終わったところだったらしく御住職様が御首題を快く受けて下さり、書いた後はすぐに法事のご家族の元に行かれ御首題帳の受け渡しなどは奥様が対応して下さりその際に安房七福神の事をお聞きしまた七福神でお参りに来ますとお話し御首題を拝受しました。安房七福神は通年行われているとの事で出来れば天気の良い日に参拝したいと思います。仁右衛門島が含まれているため本当に天候に左右されると...
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