蘇我入鹿をお祀りしている神社です 今井町の北西の順明寺の門前から徒歩5分ほどの所にひっそりとあります 普段は人を見かけることも稀です 周囲には畑や住宅の他何もありません
社殿の左脇から本殿のそばまで行けます 境内を正蓮寺大日堂という古い重要文化財のお寺と共用しています
明治に初代天皇の神武天皇をお祀りする橿原神宮を造営するにあたり、皇国史観では逆臣である蘇我入鹿をお祀りする神社が近くにある事が当時問題視されて改称を迫られたそうです しかし地元の方々が断固拒否されて、今もそのままの名で遺されています
というのも同じ境内にある明治維新の時に廃仏毀釈で正蓮寺大日堂は廃寺とさせられたのを、ならばどの宗教にも属さない無人の施設としてなら問題なかろうと、地元の方々が競売で買い取り、以後地元の人々で維持管理してきた歴史も影響しているようです
この小綱(しょうこ)町の辺りが古代では蘇我氏の領地であったそうで、蘇我入鹿の母の館があったとか、入鹿もここで育ったとかいわれているそうで、それがなぜ入鹿神社がここに在るかという理由のようです
入鹿神社も大日堂と同じく普段は無人で、地元の方々が維持管理をなされており、神事については西に徒歩20分ほどのとなり町の近鉄真菅駅そばの曽我町に宗我坐宗我都比古神社(そがにますそがつひこじんじゃ)通称「そがんさん」から神主様がお越しになり神事を執り行われておられるそうです
その「そがんさん」神社の辺りが蘇我氏の本拠地で大きな屋敷があったそうです そしてその「そがんさん」が蘇我氏の氏神様であった神社と目されているのです
古代にはこの辺りを東西に横大路という古代版の国道1号線が藤原京から竹内峠を越えて難波津まで走っており、さらに聖徳太子の本拠地法隆寺と飛鳥を結ぶ太子道の交差点で栄えていた土地とのことですが今は全く鄙びています
地元の信仰は今も厚いようで、夏祭りは夜店もでて、秋祭りはだんじりも曳かれて賑やかに行われており、境内もきれいに維持管理されています なにしろ奈良県でも橿原市でもなく、地元の人々の小綱町文化財保存会がQRコードでこのような情報を伝える詳しい動画を配信されているほどなのです
645年の乙巳の変の時に切断された蘇我入鹿の首が飛んで落ちた伝説が、明日香の首塚の他にも各地に数カ所あるそうです しかしここにはそのような伝説はないそうです 代わりに小綱町の者が蘇我入鹿殺害の謀議が行われた談山神社に詣でると腹が痛くなるという伝説があるそうです
因みに明日香の石舞台は蘇我入鹿の祖父の蘇我馬子の墓だそうです
三十六歌仙の一人、柿本人麻呂をお祀りする人麿神社はここからさらに北に徒...
Read more蘇我入鹿を祀る神社です。橿原市の文化財に指定されている本殿を間近で見ることができます。これにはちょっと驚きました。 思えば蘇我氏も蘇我入鹿も乙巳の変以来ずっと逆臣のレッテルを貼られてきました。しかし1400年近く経って漸く冤罪が晴らされるようになってきました。蘇我氏は古代日本において国家建設のために多大な貢献をした立派な一族だったのでした。地元の人達も漸く自信を持って蘇我氏や入鹿を語れる時が来たと思います。 こちらの神社も正蓮寺大日堂も無住のようですが、地域の人達によってよく管理されていると思います。境内には子福桜や十月桜が咲いていたり、道路工事で移転を余儀なくされた横大路のお地蔵さまがあったりと小さいながら見どころの多い神社だと思います。 真の蘇我氏の姿を知りたい方は遠山美都男著の『蘇我氏四代の冤罪を晴らす』を...
Read more大和八木駅から西へ徒歩で10分ほど。 橿原市小綱(しょうこ)町 町名をこずなって言うのかと思っておりました。
鳥居の扁額には黒地に金で入鹿神社
『入鹿神社』の祭神は「蘇我入鹿」 蘇我入鹿をお祀りしている神社は全国でもここだけなのです。
◆御祭神 素盞鳴尊(すさのおのみこと) 蘇我入鹿 ◆ご利益 首の上の病に霊験あらたかな神で学業成就の神様 (首から上とありますのでわたくしはシミが目立たなくなりますように)っと
拝殿内も写真撮影がOKです 中央には蘇我入鹿公御神体があり 板絵にも注目していただければ
本殿は一間社春日造 蟇股(かえるまた)と鶴の彫刻
末殿には稲荷神社・八幡神社・秋葉神社
地...
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