炎のピラミッド⑦ 甲佐神社
駐車場🅿は路駐 トイレ🚻有り 車椅子♿は難しいです☹
炎のピラミッド7ヶ所目は甲佐神社です 炎のピラミッドの説明は小国両神社を見てください🐈 熊本広かあ😮1日で回れないので 3回に分けて巡っていますが広すぎっ☺
甲佐神社をご存じの方は少ないと思いますが、元寇の襲来のとき騎馬武者がモンゴル兵を追い払っている絵を教科書でご覧になったと思いますが、あの絵がここに飾ってあります。今はレプリカが飾ってあります🐈 参拝者のおじさんから声かけられて この絵はここが発祥らしいよと言ってました。 内陸部の土地から北の有明海に注ぐ緑川の畔に鎮座しており、古代には有明海が直ぐ傍まで上がるいわば海沿いの社だったらしいです。
甲佐神社の位置が、メソポタミア神聖直角三角形(13の二乗=5の二乗+12の二乗)から導き出され、中央南北線の西に描かれ甲佐神社の位置が決定されているという事ぐらいです。 甲佐神社の御祭神
八井耳玉命 健磐龍命 蒲池媛命神 日本磐余彦尊(神武天皇) 媛蹈鞴五十鈴媛命 猿田彦命
簡単に行きます。
八井耳玉命は国造神社の速瓶玉=大山咋。 健磐龍命 蒲池媛命神(郡浦神社の主神)は 本物の神武天皇のお妃であった吾平津姫が 神武天皇と離婚した後に名乗った名です。 日本磐余彦尊(神武天皇)です。 媛蹈鞴五十鈴媛命は崇神天皇の妃です。
猿田彦は山幸彦=ニギハヤヒ
神武天皇の本物のお妃(懿徳天皇を産んだ)は吾平都比売(アイラツヒメ)です。 それに対して、神武僭称(せんしょう)をうたう崇神天皇は 大山咋≒大直日と鴨玉依姫(下賀茂大社)との間に産まれます。
この崇神を初代神武に見せ掛けようとするのが後の藤原氏の偽装工作、朱塗りの矢故事、ホトタタラの話に絡むのはこの大山咋神、鴨玉依姫 絡みの話なのです。
大山咋と鴨玉依姫との間に産まれたのが神武僭称贈る崇神(上賀茂大社)であり、この甲佐神社の主神は崇神天皇の父神です。
下賀茂神社では、祭神である玉依姫と同じくその父の賀茂建角身命(カモタケツノミ=豊玉彦=ヤタガラス=賀茂御祖大神で、賀茂建角身命が川から流れてきた朱塗りの矢を家に飾ったところ玉依姫が懐妊したという話になっています。そこで生まれたのが 賀茂別雷神(≒神武僭称する崇神天皇)で 上賀茂神社の御祭神とします。現在は
上賀茂神社は賀茂別雷神社と 下鴨神社は賀茂御祖神社が 正式名称とされています。 この栄えある鴨玉依姫をお妃としたのがこの甲佐神社の主神なのです。
決して上賀茂下鴨と呼んではいけません 下鴨、上賀茂です。🐈
ウィキペディアでは 蹈鞴五十鈴媛命は(ヒメタタライスズヒメ)は、『日本書紀』に登場する人物・女神で、初代天皇・神武天皇の皇后。『古事記』のヒメタタライスケヨリヒメに相当する。 伝承ごとに細部の差異はあるものの、母親はヤマト地方の有力者の娘で、父親は神であったと描かれている。神武天皇に嫁いで皇后となり、2代天皇の綏靖天皇を産んだとされている。
甲佐神社の境内社、式内社 久麻加夫都阿良加志比古神社 くまかぶとあらかしひこ が、あります 旧郷社
御祭神は、 阿良加志比古神と 都努加阿羅斯止神
鎮座地 石川県七尾市中島にある神社の神様
由緒 当社は久麻加夫都阿良加志比古(くまかぶとあらかしひこ)神社、一般的には『おくまかぶと』の称で親しまれ古来より氏子・崇敬者らに親しまれております。御祭神は、久麻加夫都阿良加志比古(くまかぶとあらかしひこの)神・都奴加阿良斯止(つぬがあらしとの)神の二柱の神をお祀りしてあります。この神々は韓国の王族で阿良加志比古神については地神とも、3~4世紀頃の南朝鮮の阿羅(あら)国の王族と言われています。
一説には、阿良加志=阿羅斯止とされ、同一神とも。また、熊木郷(熊来郷)の総社ですが熊木は高麗来、つまり高麗から渡来した神。あるいは高麗甲を被った、阿良加志比古神というのが社号の起こりだとも。...
Read more◇甲佐神社 旧称(鏑崎宮)◇
甲佐神社鎮祭祭神(甲佐三宮大明神) 八井耳玉命(ヤイミミタマノミコト) 一殿 甲佐明神 二殿 健磐龍命(タケイワタツノミコト) 阿蘇神社 三殿 蒲地比咩命(カバチヒメノミコト) 郡浦神社
御祭神由諸 紀元八五一年(仁寿元年) ・阿蘇神社の主祭神 健磐龍命 タケイワタツノミコト (神武天皇の孫) ・郡浦神社の主祭神 蒲地比咩命 カバチヒメノミコト(八井耳玉命の兄 ・「速瓶玉命 ハハヤミカタマノミコト」の妃)を配祀しております。 紀元一四五〇年(宝得二年) ・神武天皇(初代天皇) 神武天皇の皇后 (姫路嵋五十鈴媛命 ヒメタタライスズヒメノミコト)を配祀しております。
配祀(配祀神社の中に他の神を祭ること)
◇竹崎季長由来◇ 竹崎 季長(たけさき すえなが / たけざき すえなが、寛元4年〈1246年〉- 元亨4年(1324年以降?) は、鎌倉時代中期の武士。 鎌倉幕府御家人。...
Read more甲佐神社の主祭神は甲佐明神ですが、どなたのことかを知る為に、 久麻加夫都阿良加志比古神社(クマカブトアラカシヒコジンジャ) 七尾市中島町宮前ホ部68-1-1 を見てみます。
ご祭神は、 阿良加志比古神(アラカシヒコ) 都奴加阿良斯止神(ツヌガノアラシト) の二柱です。 神社名のクマは、熊本。 カブトは熊本の甲佐の甲。ここで甲佐明神と繋がってきます。 アラは「現」✴︎、統治地である安羅伽耶✴︎✴︎。 カシヒコは、梶彦。船の舵取りのこと。
甲佐明神とは、高木大神から安羅伽耶を与えられた草部吉見(天児屋根命=藤原氏祖神)と市杵島姫の長男であるクマカブトアラカシヒコ=大山咋神(松尾大神、金比羅さん、佐田大神)です。
因みに、息子の「ツヌガノアラシト」は、福井の敦賀にご鎮座の安羅伽耶を統治している人という意味で、(贈)崇神天皇です。 大山咋神と鴨玉依姫の次男です。
✴︎福岡県那珂川市にツヌガノアラシト=住吉三神の中筒男を祀る「現人神社」があります。参拝が楽しい人気の神社です。
✴︎✴︎中臣氏及び藤原氏祖神の姓は「多」であったので、「意富 オオ」と当て字され、伽耶の別名の加羅とくっついて意富加羅国(オオカラコク)とも云われました。 多氏を祀る多神社は、奈良県の田原本町にあります。
🌾鎌倉時代の武士・竹崎季長が...
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