近畿36不動尊巡りの24番です 1月19日に参拝 行きはJR山科から地下鉄、椥辻で降りて歩きました 西へ約20〜25分くらい 帰りは京阪バスに山科駅行きとあったので乗ったのですが、ものすごく大回りして、勧修寺の方まで回り込んで、JR山科まで40分近くかかりました バスを待っている時間も含めると、椥辻まで歩いたほうがはるかに速かった 京阪バスは路線複雑でした
岩屋寺は、大石内蔵助が蟄居していた旧居のすぐ隣です 内蔵助が帰依していた不動明王様がお祀りされている以外に 500円で、赤穂47義士たちの位牌、木像、蔵之介の鎖帷子、書物入れなどが当時の姿で残されている別棟を拝観できる これは必見で、案内の女性が丁寧に説明してくれた なにか身が引き締まる思いがしました 内蔵助はこの地から、山を越えて泉涌寺で茶の湯を催したり、伏見まで出かけて、茶屋で遊んで幕府や吉良家の探索を欺いたといわれている いずれにしても、元禄時代の徳川幕府体制に衝撃を与えた事件である赤穂浪士討ち入り その指導者がこのあたりに住んで、情報収集や作戦指示、討ち入り後の後始末まで考えていたと思うと、意義深い参拝でした
余談ですが討ち入りした赤穂浪士側には一人の犠牲者も出なかった だからでしょうか、日露戦争前には東郷平八郎海軍元帥が参拝して...
Read more近畿三十六不動尊霊場の参拝でお伺いしました。 曹洞宗のお寺で神遊山金地院岩屋寺といい、不動尊霊場第二十四番札所になります。 御本尊は大聖不動明王になります、御本尊は秘仏で圓珍(智証大師)の作と伝わり大石内蔵助良雄の念持仏であったとされる。 赤穂事件(忠臣蔵)で有名な大石内蔵助良雄が隠棲した場所として伝えられ別称で「大石寺」とも称される、大石内蔵助良雄が岩屋寺の境内に邸宅を建てて永住を装ったとされる。 岩屋寺は寛平九年(897年)に宇多天皇の命により南に隣接する山科神社の神宮寺として創建されたというかっては天台宗に属していたが後に曹洞宗に改められている。 織田信長の兵火に遭い全てが焼失したが再興し内蔵助が信仰し閑居した時代を経て邸宅は吉良邸討ち入り後に荒廃してしまいましたが後にその古材で茶室の「可笑庵」が作られたという。 境内には赤穂義士四十七士の像や位牌を安置した木像堂と遺髪塚があります当寺の北には大石内蔵助を祭神とする大石神社があります。 江戸時代の末期に愛知県出身の尼僧の西川仙随尼が大石旧跡の保...
Read more京都駅八条口から、京阪バス301系統「醍醐寺」行き(他の系統もありますが、301系統が本数が多いです。)大石神社バス停下車、徒歩15分くらいかな、途中から上り坂が急になります。 バス通りの狭い道沿いだと、お寺に向かう道が分かりにくいので、MAPで確認しながらの方が良いでしょう。
お寺本堂の石段の右側に、大石内蔵助の閑居跡があります。
本尊は、不動明王なんですが宗派は曹洞宗です。 近畿36不動尊の24番霊場でもあります。 日頃は、厨子に入ったままですが、毎年12月14日から28日まで御開帳しているそうです。 此方にも、赤穂義士の位牌や大石内蔵助の遺品があります。 参拝当日は、ご住職の奥さん?に応対して頂きました。 此方に義士の位牌がある由緒や、「赤穂四十七士は浪士ではなく義士だと、最初言ったのは、東郷平八郎である。」などの逸話をお聴きしました。 長い時間、拝観させて頂きありがとございました。 境内周囲にもみじも多数あったので、隠れた紅葉...
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