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Tsumori Shrine — Local services in Mashiki

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Tsumori Shrine
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121 Tabaru, Mashiki, Kamimashiki District, Kumamoto 861-2202, Japan
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Tsumori Shrine
JapanKumamoto PrefectureMashikiTsumori Shrine

Basic Info

Tsumori Shrine

708 Jichu, Mashiki, Kamimashiki District, Kumamoto 861-2201, Japan
4.1(76)
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attractions: , restaurants: +met, local businesses:
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+81 96-286-2808
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tsumori-jingu.com

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Reviews of Tsumori Shrine

4.1
(76)
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5.0
2y

津森神宮は、益城熊本空港ICの北東6.4kmほどの益城町寺中に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。

欽明天皇2年(540年)9月29日夜丑の刻、神武天皇の神霊が現れたので、時の国司 藤原法昌が社を建立しました。 往来此の辺りは入り海の津でしたが、神武天皇の霊体出現時よりたちまち森となり、此の地は 「津森」と言われ宮所の名となりました。 当初は、今より南東の丘の上に本宮があり、今も 「影向石(ようごうせき)」と言い史跡となっています。 宝治元年(1247年)鎌倉幕府5代将軍 藤原頼嗣が社地を現在地に移しました. 安土桃山時代末期、キリシタン大名の小西行長の兵乱により領内は悉く焼かれ神田社領も没収せられました。

鳥居は、平成5年(1993年)の建立です。

楼門は、西南戦争直後の明治14年(1811年)の建立で、当時貴重な杉材を使用した神仏習合の建築様式であり、大きさは熊本県内随一です。 2階には梵鐘を吊り下げるようになっています。 東西二頭の狛犬が神武天皇をお守りしています。

平成17年(2005年)拝殿内の絵馬(畳一畳半ほどの大きさで明治の中頃に奉納された伊勢神宮の絵図)の修復をしました。

『神様の避難所(防空壕)』が社殿の裏にあり、こん地層は九万年前の阿蘇山の大噴火による火砕流が冷えたものです。 硬くて壊れにくいため、大東亜戦争時に御神体を守るために設けられました。中の広さは3畳ほどで棚があります。

珍しい七五三段の石段が組まれていて、この階段を上る子供たちは病気もせず、すくすく育つと昔から言われています。 また、本殿前にそそり立つ銀杏の大樹の間を、手を繋ぎ通る男女は、いつまでも幸せな人生を過ごせるといわれています。 子供ができ、銀杏の木に住む夜泣き貝を取りにくる夫婦を時折見かけるそうです。

毎年10月には『お法使祭(おほしまつり)』が開催されます。 伝説によれば、天宇受売命が猿田彦命の案内で益城町杉堂地区近くに降臨され、それ以来、津森神宮周辺の十二地区の氏子地域を一年毎に巡幸するようになったといいます。そのため、ご神体は神殿を持たず毎年御仮屋住まいです。 ちなみに、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、日本神話に登場する女神で、天岩戸隠れの際に天照大御神を岩戸から誘い出すために踊ったことで知られています。芸能の女神、神楽の祖神として崇められていて、猿田彦神の妻とされることもあります。 一方、津森神宮の縁起(古文書)によれば、本宮が勧請創祀された欽明天皇2年(541年)、国司 藤原法昌は勧請建立者として、毎年津森神宮大祭が滞りなく行われるために勅使(天皇の使い)を派遣し参詣していたといいます。勅使は、大祭の翌日氏子地域をご神体とともに巡幸されていたといいます。この勅使の代参が即ち「お法使(おほし)」と言われ、「魔除けの力を持った使者」(「法」は、当時”魔除け”という意味を持つと言われる)と最高の敬称を付けていたといわれます。お祭りとして定着したのは、13世紀半ば頃と思われます。 御神幸行列は、笛太鼓の道楽や道踊りを従えて、御仮屋からお休み場を挟んで、次の地区の新しい御仮屋へと進んで行きます。...

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5.0
1y

2024年3月に津森神宮に参拝しました。 本殿は工事(補修工事?)の最中で足場が組まれています。 本殿の工事中なので、コンテナハウス?に御神体が移って、いるみたいです。 本殿の工事はしばらくかかるみたいです。 三社参りについて、まわる順番は ①本殿の右の方へ行き東末社、②本殿の裏(水神様)へ、③神様の避難用の穴(戦争中の御神体の隠れ場所の穴)、④社務所のすぐ横の西末社の順です。 ⑤社務所(有人)、御神籤、御朱印。 駐車場は鳥居の所にあります。 道路 最寄りのインターはハ益城熊本空港IC。 インターを降りる東西方向に県道36号が伸びています、県道36号から少し南ヘ行くと、県道28号が東西に伸びています、県道28号を東方向ヘ行くと津森神宮。 津森神宮がある県道28号は「熊本城から津森神宮」まで一直線です。 (県道28号線は途中、路面電車と並走する区間もあります。) 益城町にはワンピースのサンジ像もあります。 熊本観光も楽しめそうです。 高速道路 九州各地から高速で来る方も多いと思うので高速のSA(サービスエリア)の事を書きます。 2024年3月時点で北熊本SAはリニューアル工事中で、買い物(店舗のイメージ、狭いコンビニ)とトイレ、ガソリンスタンドのみと思っていて下さい。 (レストラン無し、飲食無し) ネットで検索したら2024年中にはリニューアル工事が完了するとの事です。 行く前にご自身で調べた方がいいかも。 、 スピリチュアル系が好きな僕個人の感想は、本殿後ろの土手というか、のり面の草の生え方が何というか、不思議な雰囲気を感じてしま...

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4.0
3y

2022年6月19日(日)参拝 津森神宮と兼務社である潮井神社の御朱印をいただきました。 (社務所にて、書置き各初穂料300円。お昼時のためかどなたも不在でしたが直書きは500円と貼り紙あり) 立派な楼門とクロスに掲げられた国旗が印象的でした。大きな銀杏の木が何本もあり、色付く季節にはかなり見応えがありそうです。 広々とした駐車場が神社の前に広々とあります。

ちなみに、潮井神社をGoogleNAVIで検索して行って山の中で一瞬迷子になったので『潮井自然公園駐車場』を目指されると良いかも知れません。 かなり広々とした駐車場です。 ※潮井神社は山裾にポツンとあるので車で乗り付けることは出来ません。 潮井自然公園の駐車場脇にある、小さな橋を渡った先に潮井水源と潮井神社があります。遠目に背の高い南国風の植物群が見える場所です。 私は歩きで行きましたが3分ほど。 (でこぼこ砂利道でギリ車1台は通れそう) 他の道があるかも知れ...

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原和原和
津森神宮は、益城熊本空港ICの北東6.4kmほどの益城町寺中に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。 欽明天皇2年(540年)9月29日夜丑の刻、神武天皇の神霊が現れたので、時の国司 藤原法昌が社を建立しました。 往来此の辺りは入り海の津でしたが、神武天皇の霊体出現時よりたちまち森となり、此の地は 「津森」と言われ宮所の名となりました。 当初は、今より南東の丘の上に本宮があり、今も 「影向石(ようごうせき)」と言い史跡となっています。 宝治元年(1247年)鎌倉幕府5代将軍 藤原頼嗣が社地を現在地に移しました. 安土桃山時代末期、キリシタン大名の小西行長の兵乱により領内は悉く焼かれ神田社領も没収せられました。 鳥居は、平成5年(1993年)の建立です。 楼門は、西南戦争直後の明治14年(1811年)の建立で、当時貴重な杉材を使用した神仏習合の建築様式であり、大きさは熊本県内随一です。 2階には梵鐘を吊り下げるようになっています。 東西二頭の狛犬が神武天皇をお守りしています。 平成17年(2005年)拝殿内の絵馬(畳一畳半ほどの大きさで明治の中頃に奉納された伊勢神宮の絵図)の修復をしました。 『神様の避難所(防空壕)』が社殿の裏にあり、こん地層は九万年前の阿蘇山の大噴火による火砕流が冷えたものです。 硬くて壊れにくいため、大東亜戦争時に御神体を守るために設けられました。中の広さは3畳ほどで棚があります。 珍しい七五三段の石段が組まれていて、この階段を上る子供たちは病気もせず、すくすく育つと昔から言われています。 また、本殿前にそそり立つ銀杏の大樹の間を、手を繋ぎ通る男女は、いつまでも幸せな人生を過ごせるといわれています。 子供ができ、銀杏の木に住む夜泣き貝を取りにくる夫婦を時折見かけるそうです。 毎年10月には『お法使祭(おほしまつり)』が開催されます。 伝説によれば、天宇受売命が猿田彦命の案内で益城町杉堂地区近くに降臨され、それ以来、津森神宮周辺の十二地区の氏子地域を一年毎に巡幸するようになったといいます。そのため、ご神体は神殿を持たず毎年御仮屋住まいです。 ちなみに、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、日本神話に登場する女神で、天岩戸隠れの際に天照大御神を岩戸から誘い出すために踊ったことで知られています。芸能の女神、神楽の祖神として崇められていて、猿田彦神の妻とされることもあります。 一方、津森神宮の縁起(古文書)によれば、本宮が勧請創祀された欽明天皇2年(541年)、国司 藤原法昌は勧請建立者として、毎年津森神宮大祭が滞りなく行われるために勅使(天皇の使い)を派遣し参詣していたといいます。勅使は、大祭の翌日氏子地域をご神体とともに巡幸されていたといいます。この勅使の代参が即ち「お法使(おほし)」と言われ、「魔除けの力を持った使者」(「法」は、当時”魔除け”という意味を持つと言われる)と最高の敬称を付けていたといわれます。お祭りとして定着したのは、13世紀半ば頃と思われます。 御神幸行列は、笛太鼓の道楽や道踊りを従えて、御仮屋からお休み場を挟んで、次の地区の新しい御仮屋へと進んで行きます。 お法使祭は、12地区を巡幸しています。 神社のある「寺中(じじゅう)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の上益城郡(かみましきぐん)寺中村に由来します。 明治22年(1889年)寺中村・田原村・下陣村・上陣村・小谷村・杉堂村が合併して、津森村が発足しました。 昭和29年(1954年)津森村・木山町・飯野村・広安村・福田村が合併して、益城町が発足しました。
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チョコレーートチョコレーート
駐車場は鳥居前にたくさん空いていました。銀杏の見頃で宮の佇まいがより美しく感じました。近隣の方が大切にされていて、風が吹き抜ける気持ちの良い神宮でした。
A-B-fly-XYZA-B-fly-XYZ
2024年3月に津森神宮に参拝しました。 本殿は工事(補修工事?)の最中で足場が組まれています。 本殿の工事中なので、コンテナハウス?に御神体が移って、いるみたいです。 本殿の工事はしばらくかかるみたいです。 三社参りについて、まわる順番は ①本殿の右の方へ行き東末社、②本殿の裏(水神様)へ、③神様の避難用の穴(戦争中の御神体の隠れ場所の穴)、④社務所のすぐ横の西末社の順です。 ⑤社務所(有人)、御神籤、御朱印。 駐車場は鳥居の所にあります。 道路 最寄りのインターはハ益城熊本空港IC。 インターを降りる東西方向に県道36号が伸びています、県道36号から少し南ヘ行くと、県道28号が東西に伸びています、県道28号を東方向ヘ行くと津森神宮。 津森神宮がある県道28号は「熊本城から津森神宮」まで一直線です。 (県道28号線は途中、路面電車と並走する区間もあります。) 益城町にはワンピースのサンジ像もあります。 熊本観光も楽しめそうです。 高速道路 九州各地から高速で来る方も多いと思うので高速のSA(サービスエリア)の事を書きます。 2024年3月時点で北熊本SAはリニューアル工事中で、買い物(店舗のイメージ、狭いコンビニ)とトイレ、ガソリンスタンドのみと思っていて下さい。 (レストラン無し、飲食無し) ネットで検索したら2024年中にはリニューアル工事が完了するとの事です。 行く前にご自身で調べた方がいいかも。 、 スピリチュアル系が好きな僕個人の感想は、本殿後ろの土手というか、のり面の草の生え方が何というか、不思議な雰囲気を感じてしまう、そんな気がしました。
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津森神宮は、益城熊本空港ICの北東6.4kmほどの益城町寺中に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。 欽明天皇2年(540年)9月29日夜丑の刻、神武天皇の神霊が現れたので、時の国司 藤原法昌が社を建立しました。 往来此の辺りは入り海の津でしたが、神武天皇の霊体出現時よりたちまち森となり、此の地は 「津森」と言われ宮所の名となりました。 当初は、今より南東の丘の上に本宮があり、今も 「影向石(ようごうせき)」と言い史跡となっています。 宝治元年(1247年)鎌倉幕府5代将軍 藤原頼嗣が社地を現在地に移しました. 安土桃山時代末期、キリシタン大名の小西行長の兵乱により領内は悉く焼かれ神田社領も没収せられました。 鳥居は、平成5年(1993年)の建立です。 楼門は、西南戦争直後の明治14年(1811年)の建立で、当時貴重な杉材を使用した神仏習合の建築様式であり、大きさは熊本県内随一です。 2階には梵鐘を吊り下げるようになっています。 東西二頭の狛犬が神武天皇をお守りしています。 平成17年(2005年)拝殿内の絵馬(畳一畳半ほどの大きさで明治の中頃に奉納された伊勢神宮の絵図)の修復をしました。 『神様の避難所(防空壕)』が社殿の裏にあり、こん地層は九万年前の阿蘇山の大噴火による火砕流が冷えたものです。 硬くて壊れにくいため、大東亜戦争時に御神体を守るために設けられました。中の広さは3畳ほどで棚があります。 珍しい七五三段の石段が組まれていて、この階段を上る子供たちは病気もせず、すくすく育つと昔から言われています。 また、本殿前にそそり立つ銀杏の大樹の間を、手を繋ぎ通る男女は、いつまでも幸せな人生を過ごせるといわれています。 子供ができ、銀杏の木に住む夜泣き貝を取りにくる夫婦を時折見かけるそうです。 毎年10月には『お法使祭(おほしまつり)』が開催されます。 伝説によれば、天宇受売命が猿田彦命の案内で益城町杉堂地区近くに降臨され、それ以来、津森神宮周辺の十二地区の氏子地域を一年毎に巡幸するようになったといいます。そのため、ご神体は神殿を持たず毎年御仮屋住まいです。 ちなみに、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、日本神話に登場する女神で、天岩戸隠れの際に天照大御神を岩戸から誘い出すために踊ったことで知られています。芸能の女神、神楽の祖神として崇められていて、猿田彦神の妻とされることもあります。 一方、津森神宮の縁起(古文書)によれば、本宮が勧請創祀された欽明天皇2年(541年)、国司 藤原法昌は勧請建立者として、毎年津森神宮大祭が滞りなく行われるために勅使(天皇の使い)を派遣し参詣していたといいます。勅使は、大祭の翌日氏子地域をご神体とともに巡幸されていたといいます。この勅使の代参が即ち「お法使(おほし)」と言われ、「魔除けの力を持った使者」(「法」は、当時”魔除け”という意味を持つと言われる)と最高の敬称を付けていたといわれます。お祭りとして定着したのは、13世紀半ば頃と思われます。 御神幸行列は、笛太鼓の道楽や道踊りを従えて、御仮屋からお休み場を挟んで、次の地区の新しい御仮屋へと進んで行きます。 お法使祭は、12地区を巡幸しています。 神社のある「寺中(じじゅう)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の上益城郡(かみましきぐん)寺中村に由来します。 明治22年(1889年)寺中村・田原村・下陣村・上陣村・小谷村・杉堂村が合併して、津森村が発足しました。 昭和29年(1954年)津森村・木山町・飯野村・広安村・福田村が合併して、益城町が発足しました。
原和

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駐車場は鳥居前にたくさん空いていました。銀杏の見頃で宮の佇まいがより美しく感じました。近隣の方が大切にされていて、風が吹き抜ける気持ちの良い神宮でした。
チョコレーート

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2024年3月に津森神宮に参拝しました。 本殿は工事(補修工事?)の最中で足場が組まれています。 本殿の工事中なので、コンテナハウス?に御神体が移って、いるみたいです。 本殿の工事はしばらくかかるみたいです。 三社参りについて、まわる順番は ①本殿の右の方へ行き東末社、②本殿の裏(水神様)へ、③神様の避難用の穴(戦争中の御神体の隠れ場所の穴)、④社務所のすぐ横の西末社の順です。 ⑤社務所(有人)、御神籤、御朱印。 駐車場は鳥居の所にあります。 道路 最寄りのインターはハ益城熊本空港IC。 インターを降りる東西方向に県道36号が伸びています、県道36号から少し南ヘ行くと、県道28号が東西に伸びています、県道28号を東方向ヘ行くと津森神宮。 津森神宮がある県道28号は「熊本城から津森神宮」まで一直線です。 (県道28号線は途中、路面電車と並走する区間もあります。) 益城町にはワンピースのサンジ像もあります。 熊本観光も楽しめそうです。 高速道路 九州各地から高速で来る方も多いと思うので高速のSA(サービスエリア)の事を書きます。 2024年3月時点で北熊本SAはリニューアル工事中で、買い物(店舗のイメージ、狭いコンビニ)とトイレ、ガソリンスタンドのみと思っていて下さい。 (レストラン無し、飲食無し) ネットで検索したら2024年中にはリニューアル工事が完了するとの事です。 行く前にご自身で調べた方がいいかも。 、 スピリチュアル系が好きな僕個人の感想は、本殿後ろの土手というか、のり面の草の生え方が何というか、不思議な雰囲気を感じてしまう、そんな気がしました。
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