文和2年(1353年)に北野天満宮を勧請(かんじょう)したのが始まりとされ、天正14年(1586年)里見義頼により本殿が改築、貞享4年(1678年)幣殿拝殿が改築され、文化5年(1808年)神照寺法印宥弘(ゆうこう)により再建されました。
平群の由来についてはいくつもの説があります。その昔大和(現在の奈良県)を本拠地にしていた豪族、蘇我一族の平群氏が居住していたからという説。同じく大和にある「平群山」にちなんで名付けたという説も。
昭和30年、平群村と隣の岩井町が合併して富山町(とみやままち)になり、その後富山町が近隣の町村と合併して南房総市になりました。住所には、文字違いの「平久里(へぐり)」がこの平群地区に残っています。住所でいう「平久里下」は、「にほんの里100選」(朝日新聞社/森林文化協会)に選定されている、美しい自然が残る里山です。
毎年10月に行われる平群の祭りを、地元の人たちは「へぐりんまち」と呼びます。
平群の手作り花火の始まりは、宝歴2年(1752)以前に花火製造の優れた技術を持っていた新助が回国巡礼の途中平群に滞在し、村人が競って教えを受けたのが始まりで、平群の花火は国で一番と唄われるようになりました。
私は近くにある犬掛の「田舎の家」というカフェで 店主さんが撮った牛の形をしたパラシュート式の花火の写真を見せていただきました。(2年位前) 初めて見た花火の形態だったので、これが花火なのかとびっくりした記憶があります。
渡辺高俊先生生誕百年の碑 1905年平久里中生まれ、1994年六月89歳没。獣医師の渡辺俊先生は、牛の直腸検査に着目し延べ20万頭の直腸検査から飼料給与を乾乳期と泌乳期とに分けて考える「二本立て給与」を編み出し酪農家によって実践されるようになりました。
禰󠄀豆子と炭治郎のマスクをしたお地蔵さんがな...
Read more伊予ヶ岳の登山口・遊歩道入り口となっている。
入り口に木彫りの郷社...
Read more天神社
祭神 菅原道真公 木花之佐久夜毘売命 天照大日靈貴命 建御名方神
由緒 室町時代文和二年(一三五三)細川相模守が霊夢により京都北野天神をこの地に勧請し平群久邑の鎮守として信仰を集めていた。 天正十四年(一五八八)里見義頼公の命で 大工 飛騨守家助により本殿が改築され。 貞享四年(一六八七)幣殿・拝殿が改築され。 更に文化五年(一八〇八) 神照寺法印宥弘 により再建された。 明治六年郷社に列せられた。 特に学問の神として広く信仰されている。
社宝 御神像 長享三年(一四八九) 寿命長遠祈願として領主禅栄が奉納。 平久里天神縁起絵巻 三巻 明徳二年(一三九三文安三年(一四 四六)の頃神照寺住職宥源によって納められた。 菅原道真の一代記で 昭和三十七年県有形文化財に指定された。 御神鏡 黄銅製 作者 伝来...
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