Meiji era stone bridge hidden away beneath the main road. If you catch it at the right time, the reflection of the arch in the river forms a heart. Nice...
Read more文政11(1828)年架設された、美里町指定文化財の馬門橋。 江戸時代の中山地区(現在の美里町と宇城市豊野町に相当)では、度重なる洪水に見舞われ複数の橋が流されたそうな。 そこで中山手永でこの地区の大庄屋さんであった小山喜十郎さんは、寄付を募って流された橋の再建に乗り出す。経費の負担が大きいアーチ型石橋にしたのは、熊本にアーチ型石橋建設の技術があった事は勿論、物流の促進を図るためにも強固な橋が必要であったと思われる。商人からの寄付が募りやすいのもあったかもね。 その結果、この馬門橋を皮切りに翌年には二俣橋を、更にその翌年には二俣福良橋、豊野町の三由橋や山崎橋など文政11(1828)年から天保3(1832)年までの5年間に7基の石橋が架けられ、そのうち6基が現存している。 喜十郎さんは帯刀を許された大庄屋さんだったらしいが、この大事業のお陰でどれだけの人々が橋の恩恵を受けた事か。このリーダーシッ...
Read moreひんやりしてとても風情のある素晴らしい石橋と滝が並び、ジブリの世界にタイムスリップしたような気分になれました。川もきれいで、飛び込みたくなりました。
風光明媚な石橋
緑川の支流、津留川に架かる石橋。文政11(1828)年、交通の便のため、中山手永惣屋・小山喜十郎のもと、備前(岡山県)の石工・勘五郎と茂吉などにより架橋された。橋近くの道沿いには、橋を保護するため、「車一切通扁可ら須(くるまいっさいとおすべからず)」の石碑が立てられている。惣庄屋の小山喜十郎は、松橋~矢部往還を整備するため、馬門橋を皮切りに、二俣渡(1829年架橋)・二俣福良渡(1830年架橋)等、7基の石橋を架橋した。津留川の風光明媚な小渓谷にあり、石橋周辺の景観...
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