20250716 ...
Read more宗派は、1522年より曹洞宗となり、本尊が地蔵菩薩です。 賽の河原での石積みが所々にあり、地蔵和讃(じぞうわさん)を思い起こさせられます。 また幼くして亡くなったり、水子の供養として風車が奉納されており、何とも言えない寂しさや悲しみを感じてしまいます。 イタコの口寄せも有名ですが、現在は恐山大祭と恐山秋詣りの年2回だけ行われているようです。※例外もあるそうです。 【賽の河原地蔵和讃】 これはこの世のことならず死出の山路の裾野なる賽の河原のものがたり
この世に生まれ甲斐もなく親に先立つありさまは諸事の哀れをとどめたり
二つ三つや六つや七つ十にもたらぬ幼児(おさなご)が賽の河原に集まりて苦しみ受くるぞ悲しけれ娑婆(しゃば)とちがいて幼児が雨露しのぐ住家さえなければ涙の絶え間なし
河原に明け暮れ野宿して西に向いて父恋し東を見ては母恋し恋し恋しと泣く声はこの世の声とはこと変わり悲しき骨身を透(とお)すなり
ここに集まる幼児は小石小石を持ち運びこれにて回向(えこう)の塔を積む手足石にて擦れただれ指より出ずる血の滴(しずく) 身体を朱(あけ)に染めなして一重積んでは幼児が紅葉(もみじ)のような手を合わせ父上菩提(ぼだい)と伏し拝む二重積んでは手を合わし母上菩提回向する三重積んでは古里(ふるさと)に残る兄弟わがためと礼拝回向ぞしおらしや
昼はおのおの遊べども日も入相(いりあい)のそのころに冥途(めいど)の鬼があらわれて幼きものの傍によりやれ汝らなにをする娑婆と思うて甘えるなここは冥途の旅なるぞや娑婆に残りし父母は今日七日(なのか)や二七日(ふたなのか)四十九日(しじゅうくにち)や百箇日追善供養のその暇にただ明け暮れに汝らの形見に残せし手遊びや太鼓人形かざぐるま着物を見ては泣き嘆き達者な子どもを見るにつけなぜにわが子は死んだかと酷(むご)やあわれや不憫やと親の嘆きは汝らの責苦を受くる種となり
かならず我を恨むなと言いつつ金棒振り上げて積んだる塔を押し崩し汝らが積むこの塔は歪(ゆがみ)がちにて見苦ししかくては功徳になりがたしとくとくこれを積み直し成仏願えと責めかける
やれ恐ろしやと幼児は南や北やにしひがしこけつまろびつ逃げ回るなおも獄卒金棒を振りかざしつつ無慙(むざん)にもあまたの幼児にらみつけすでに打たんとする陰に幼児その場に手を合わせ 熱き涙を流しつつゆるし給(たま)えと伏し拝む
おりしも西の谷間より能化(のうけ)の地獄大菩薩動(ゆる)ぎ出でさせ給いつつ幼きものの傍によりなにをくか嬰児(みどりご)よ汝らいのち短くて冥途の旅に来たるなり娑婆と冥途は程遠しいつまで親を慕うとも娑婆の親には会えぬぞよ今日よりのちは我をこそ冥途の親と思うべし
幼きものを御衣(みころも)の袖(そで)や袂(たもと)にだき入れて憐れの給うぞありがたやいまだに歩まぬ嬰児を錫杖(しゃくじょう)の柄にとりつかせ忍辱(にんにく)慈悲の御肌(みはだえ)に泣く幼児を抱き...
Read moreその名前を聞いたときから、ずっと胸の奥に引っかかっていた場所でした。東京での暮らしに慣れてきて、あちこち国内を旅しているうちに、「ここだけは一度行かないといけない」と思うようになり、ついに下北半島の先まで足を伸ばしました。
車で近づくにつれて、まず鼻をついたのは強い硫黄の匂い。窓を開けると一気に車内に流れ込み、まるで見えない境界線を越えたような感覚になりました。温泉街の湯気とは違い、荒々しい大地の息遣いそのもの。岩肌は黄色く変色し、あちこちから白い煙が立ちのぼり、草木の姿はなく、ただ荒涼とした風景が広がっていました。その光景に「今、この世とあの世の境に立っているのかもしれない」と思わされるほど、不思議な空気が漂っています。
入山料を払い、境内に足を踏み入れると、静寂の中に風車のカラカラと回る音が響いていました。墓参りの花の代わりに供えられる風車が、無数に極楽浜の砂地に差してあり、鮮やかな色と動きが荒涼とした景色の中で際立ちます。その風景はシュールでありながらも切なく、どこか温かい祈りを感じさせました。白い砂浜とエメラルドグリーンの宇曽利山湖のコントラストは息をのむ美しさで、荒涼とした地獄の風景を歩いた先にふと現れる極楽のようでした。
歩いていると「賽の河原」と呼ばれる小石の山があり、小さな石を積む人の姿も見かけました。子どもの霊を慰めるための風習だそうですが、私も小石を一つ手に取り、そっと重ねました。何か大きな力に触れているようで、不思議と胸の中が静まっていきました。
そして忘れられないのは境内にある温泉。湯気が立ちのぼる小さな浴場は、まさに大地の恵みそのもの。タオルを持参して入ってみると、硫黄の強い香りに包まれ、熱めのお湯が体の芯まで届きました。霊場でありながら、湯に浸かると不思議なほどリラックスしてしまい、まるで魂ごと洗われたような気持ちになりました。
また、タイミングによっては「イタコの口寄せ」が行われており、亡くなった方の声を聞こうと涙ながらに耳を傾ける人々の姿も見かけました。その光景に立ち会うと、この場所が単なる観光地ではなく、今も信仰と祈りの場であることを強く感じます。
恐山は決して「怖い場所」ではありませんでした。むしろ、澄んだ空気と静けさの中で心が洗われ、いま自分が生きていることの意味を改めて考えさせられるような、不思議に清々しい体験ができる場所でした。日本に来てから数多くのお寺や神社を訪れましたが、ここほど「唯一無二」という言葉がふさわしい場所はありません。
アクセスは決して楽ではなく、下北半島の奥深く、山道を抜けてようやく辿り着く場所です。でも、その遠さこそが旅の特別さを際立たせ、この世とあの世の境に触れたような体験を強く印象づけてくれました。
恐山は、ただの観光ではなく、自分の心を見つめる旅そのものでした。きっとまた、人生の節目にもう一度訪れたい―...
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