佐毘𧶠山神社 神社に伝わる「狭姫(サヒメ)伝説」狭姫は大宜都比売命の娘
高天原にて乱暴を働いた須佐之男命(スサノオ)は、天照大神(アマテラス)の怒りに触れられ、髪を切り、髯を抜かれ、手足の爪も抜かれて高天原から追放される身となった。
その放浪の途中、新羅の曽尸茂梨(ソシモリ)に立ち寄られた須佐之男命は、そこで大宜都姫命(オオゲツヒメ)と出会い、食べ物を求められたが、大宜都姫命は道中の事とて恐れながら口中の飴ならばと差し出すと、須佐之男命は「無礼である」と大いに怒り、その場で大宜都姫命を斬り捨てた。
大宜都姫命は、息絶える前に娘の挟姫(サヒメ)を呼び、全身の力を振り絞って顔・胸・手・足など五体を撫で擦りながら、稲・麦・豆・粟・稗などの五穀の種を生み出された。そして、挟姫にその五穀の種を授けて「母亡き後は豊葦原(とよあしはら)に降り、五穀を広めて瑞穂の国とせよ」と言い残して息絶えた。
挟姫は、母の亡骸にすがって泣き悲しんだが、その時、どこからとも知れず飛んで来た1羽の赤い雁に促され、涙をぬぐって五穀の種を携え、雁の背中に乗って東方へ旅立ったのである。
やがて雲間より、鷹島(高島)という一つの島が見えた。挟姫はその島に降りて種を広めんとしたが、そこに棲む大山祇命(オオヤマヅミ)という荒くれた男達は「この島では魚や鳥、獣を獲って食うので種はいらぬ」と挟姫を追い返した。
挟姫が次の島である須津(すづ)の大島(鷲島)に辿りつくと、そこに棲む足長土(アシナヅチ)という荒くれた男達に「この島では魚を獲って食うから、種などいらぬ」と再び追い返された。
そこで挟姫は大浜の亀島(神路泊)で一休みし、次に豊葦原の本土に渡って赤雁(地名)にある天道山(てんどうざん)に降り、そこから一際高い比礼振山(ひれふりやま)に降り立った。
挟姫は比礼振山を中心として五穀の耕作を広めながら、日々の糧を恵み、民を助け、賊徒を追い、心安らかな国を開かれた。そして、種村(たねむら)、弥栄(やさか)、瑞穂(みずほ)、佐比売村(さひめむら)など東へ東へと進み、遂に佐比売山(小三瓶)まで辿りついた。
最初に耕作を始めた村が、大宜都姫命の乙子(末娘)ということに因んで「乙子町(おとこちょう)」となり、種を伝えたことから「種(たね)」となり、持参した五穀の種を赤雁の背から大空に千振(ちぶり)に振り蒔いたその様から「千振(現・種村町)」となり、「赤雁(あかがり)」の地名も赤い雁が降りたこ...
Read moreSabimeyama Shrine preserves the timeless atmosphere of an old, traditional Shinto shrine. Its serene surroundings and understated structures evoke a deep sense of history, offering a rare glimpse...
Read more石見銀山と一緒に世界遺産登録された神社だそうです。(知りませんでした) 龍源寺間歩の出口から歩いてすぐのところにあります。龍泉寺間歩の出口からは下りのところにありますが、自転車置き場から行くとなると山道を登らなければならないので、帰りに行くほうがオススメです。 石段100段程登ったところに、社殿がありますが、石段の広さがまちまちなので登るのは意外ときついです。(下りは下りで膝に来ます笑)
側面から石段の積み方が見れますが、ここだけでもすごいです。 社殿は無人です。 御朱印は石見銀山公園駐車場近くの五百羅漢が鎮座してる羅漢寺でもらえます。
夏は暑いので水分をよく...
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