世界遺産の石見銀山を観光した際、大森の町並みを歩いていると、少し奥まったところに趣のある神社を見かけました。その佇まいから「妙に朽ちた神社があるな」という漠然とした印象しか抱きませんでしたが、後に調べてみると、この地が戦国武将・毛利元就公を主祭神として祀る豊栄神社であると判明し、その歴史的背景の深さに驚かされました。
この神社は、単なる古い神社ではなく、石見銀山の歴史と日本の激動の時代を色濃く残しているのが非常に興味深いです。元々この地には、元就公の孫である毛利輝元が建てた曹洞宗の「長安寺」がありました。元就公は生前に自分の木像を彫らせていたそうで、それが長安寺のご本尊として安置されていました。これは、当時石見銀山を掌握していた毛利家の権威を示すものであったようです。
時代が下り、江戸時代に石見銀山が幕府の天領となって長安寺が荒廃した後、幕末の第2次長州戦争(1866年)で長州藩の部隊が大森に進駐した際に、この木像の存在を知り感銘を受けて、境内を整備したという歴史があります。そして、明治3年(1870年)に明治天皇から元就公に「豊栄(とよさか)」の神号が与えられ、長安寺は廃寺となり、神社として生まれ変わったのです。そのため、境内には神仏分離や廃仏毀釈、幕末維新という歴史の転換点を感じさせる独特の雰囲気が残っています。
特に見どころなのは、境内の石灯籠や狛犬、玉垣などに長州兵の隊士名が刻まれているという点です。長州藩と毛利家、そして石見銀山という歴史が、石の刻銘として今に残されているのは感動的でした。
主祭神が戦国武将である毛利元就公なので、ご利益は必勝祈願や家運隆盛などです。石見銀山の中心地である大森の町並みの銀山街道沿いに鎮座しており、JR山陰本線...
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Read more銀山街道脇に鎮座してあります。鳥居が見当たり...
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