2023.07.07 加計呂間島の端っこにある実久地区。その入口にあたる山中に神社が建てられている。 源為朝という人物が平安時代末期にいた。源頼朝の叔父にあたり、身長は2メートル越える大男で弓の名手だった。保元の乱で敗者となり、伊豆大島に流されたのだが、なんと大島を平定してしまう。遠征軍により鎮圧され死亡するが、当時の琉球へ逃れたという伝説が残っている。沖縄北部にある今帰仁村の運天港に上陸する前に喜界島と奄美大島、加計呂間島に立ち寄っているようだ。その際にこの実久を訪れたのだろう。神社の名前は為朝の息子の実久三次郎を祀っていることに因んでいる。境内には実久三次郎が力比べをしたという石が残っていた。 伊豆大島から琉球へ逃れ、王の父親になるという為朝伝説。さすがに無理があるか話しだが、こうも各地に伝...
Read more南に平家の大屯神社あれば、北にも源氏の神社あり。それが実久三次郎神社なのです! 実久三次郎とは何者か?境内の石碑に「源氏」とあり、その石碑の裏にはご丁寧に家系図が…、あっ!この方頼朝公の従兄弟じゃーん! 境内の左手には墓石がふたつあり、ひとつは実久三次郎のもののようだ。 もうひとつは奥様のものでしょうか? 社殿はコンクリート妻入りですが、屋根...
Read more平安時代末期の保元の乱で敗れて伊豆大島へ流された源為朝(鎮西八郎)が、その後に喜界島、奄美大島、琉球へと渡っていく途中で立ち寄ったと伝えられており、この神社には為朝と地元の娘との間に生まれた実久...
Read more