次世代に残したいと思う「ちば文化資産」に選定されてるお寺様なんですね。
他の方のクチコミにもある「印旛沼の龍」伝説をきっかけに、平日の午前中に訪問。いにしえの景色を思い起こさせる細い道を進んでいった先に清々しく静寂な境内がありました。
旧印旛郡に住んで長いのに、その龍伝説を知ったのは大人になってから。というか昨2024年。 その伝説は1000年以上前に誕生したらしいけれど、1000年後の人の心を動かし、こうしてはるばる(じぶんは車で1時間以上)参拝するための行動を呼び起こすのだから、なんかすごいや。
境内をぐるっと歩いていたら、まず手水鉢の脇に弘法大師に御縁のある記載があり、さらに薬師堂の奥に「弘法大師御手鑿井戸」との案内あるのを見つけた。となると、その手前に御坊様の像は弘法大師様でしょうか?
Wikipediaの「弘法の井戸」にあるとおり、お大師様の井戸伝説はここ以外にも日本中にあるのだけれども、だからこそいろいろと空想が膨らんでしまう。 龍神様もお大師様も「水」で多くの人々を助けたというのが共通項かなとかフワフワ思いながら。
そうそう、手水鉢の横。とても古いモノなんです。感動です。 あと正門ちょっと前に梵字での標が立っているのも。
ちなみに「印旛沼の龍」伝説は口伝のためもあって何パターンかあり、匝瑳市のホムペにも掲載ありますが、じぶんは栄町ホムペの「龍角寺縁起」のが...
Read more真言宗智山派の寺院で、飛鳥時代の斉明天皇7(661)年の開創とされています。龍尾寺は天竺山尊蓮院と称し、本尊は釈迦如来で、市内で最も古い歴史を持つ寺院です。また、大同2(807)年には弘法大師が来山しており、境内にはその時掘られたというお手堀の井戸があり、その水は洗眼にも使えるとされています。境内にある薬師堂の前に立っている石灯籠は、古くからの龍神信仰を伝えており、天平4(732)年、天下は干ばつに苦しめられ、釈明上人が印旛沼のほとりで雨乞いの祈祷を行いました。結願の日、雷鳴とともに雨が降り出し、その直後天から三つに裂かれた龍の遺骸が落ちてきました。それを葬って寺を建てたのが、龍角寺(印旛郡栄町)、龍腹寺(印旛郡本埜村)、龍尾寺(匝瑳市大寺)と伝わっています。境内にある『龍尾寺板碑』は、匝瑳市の有形文化財に指定(昭和32年9月1日)されており、記念銘は応安6(1373)年とあり、南北朝時代の火災の後に再建されたことが判ります。本堂の南側と西側に駐車場があり、特に西側は広大ですがアクセス路が非常に狭い...
Read more正式名は天竺山尊蓮院龍尾寺 御本尊は釈迦如来 創建は和銅2年(709年)とされ、当時大旱魃に襲われたことで食物が不足、多くの人々が飢えに苦しんでいました。このことを大変心配なされた天皇は勅使に命じ釈命上人を導師として雨乞いの儀式を行わせ結果、龍が空に昇り3つに分かれ落ちてきたと同時に激しい雨が降り続き人々は助かったと伝説があります。 3つに断たれた龍神の頭は下総国埴生庄(龍角寺)に、腹は下総国印西庄(龍腹寺)に、尾は北條庄大寺郷(龍尾寺)に落ちそれぞれの地に祀られ、関東三龍の寺と呼ばれるようになりました。 境内は広く静かです。 県道114号線沿いに入口の山門があり、入ってすぐに駐車場がありますが少し走った本堂近くにも5台くらい駐車...
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