山号を日色山、寺号を国分寺と号し、薬師如来を御本尊とする真言宗智山派の寺院で、奈良時代の天平13(741)年に第45代・聖武天皇(701~756年)が仏教による国家鎮護のため当時の日本各国に建立を命じた『国分寺建立の詔』により、安房国に建立された安房国国分(僧)寺の法燈を伝承する後継寺院と云われ、現国分寺を中心とする一帯が『安房国分寺跡』として千葉県と館山市の史跡に指定されます。安房国は、奈良時代の養老2(718)年に上総国から分立して設置されましたが、天平13(741)年に上総国へ再併合、天平宝字元(757)年に再分立された歴史を持つ令制国のため、日本各国に数多くの国分寺を建立した天平13(741)年頃より遅れて安房国分寺が創建されたと考えられ、調査により出土した遺物の年代から、奈良時代(710~794年)後半期の創建とされます。一方、現国分寺の寺伝では、天平13(741)年に聖武天皇が命じた『国分寺建立の詔』以前の神亀4(727)年、国司に付き従って安房に下山(還向)した史生(官司書記官)・鹿屋脛代が、仏教僧・行基(668~749年)作の薬師仏を御本尊とする堂宇を建立して創建したと伝える説もありますが詳らかでありません。境内には、明治45(1912)年建立の孝子伴直家主(こうし・とものあたいやかぬし)之里(石碑)、國分寺寺号標、昭和34(1959)年建立の山門(2023年再建)、嘉永4(1851)年造立の地蔵菩薩、弘化4(1847)年建立の手水鉢、洗心童子石造、昭和34(1959)年建立の萬石騒動二百五十年忌供養塔、江戸時代後期(1780~1850年頃)建立の薬師堂、嘉永4(1851)年建立の孝子家主之碑、南北朝(室町)時代(1337~1392年)建立の五輪塔、安房国分寺跡の礎石、江戸時代前期(1603~1690年頃)建立の宝篋印塔、安房国分寺金堂跡(東西22m・南北15mの基壇)、昭和54(1979)年建立の釈迦堂、明治43(1910)年建立の安房郡三名主之碑(二百年忌石碑)、平成9(1997)年造立の六地蔵と観音像、館山市の史跡に指定される正徳元(1711)年建立の三義民墓(供養碑)、飯田長次郎之墓(三義民の一人)など数多くの建造物や石造物が建立されます。寺号...
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