寄棟造、茅葺形銅板葺で、板張りの簡素な外観。
見かけは桁行3間、梁間4間ですが、間口1間、奥行2間の内陣の四周に1間の庇を巡らせた、いわゆる阿弥陀堂形式の堂宇である。
本堂と比べると時代は少し下って仁王門と同じく室町時代後期の建築と推察される
また、天井が内陣のみに張られていることや、外側に縁えんが巡らない不自然な納まりであることから、未完の建築であったと考えられていおり、それについては永禄6年(1563)頃にこの地の有力豪族でこの寺を庇護していた三田氏が没落したことと...
Read more真言宗醍醐寺を総本山とする別格本山で、大悲山塩船観音寺と称し、現世を生きる人々の幸せを願う祈願の寺であります。
大化年間(645~650)に若狭の国の八百比丘尼が紫金の観音像を安置したことに始まり、周囲の地形が小丘に囲まれあたかも小船のような形状であることから、仏が衆生を救おうと願う『弘誓の舟』になぞらえて、天平年間に僧、行基が『塩船』と名づけたと伝えられています。
貞観年間には僧、安然が十二の坊舎を建てるなど、興隆を極...
Read more室町時代後期の建立で木造寄木造り一重・桁行四間・梁間三間のお堂です、国の重要文化財に指定されています。 かっては茅葺きの屋根でしたが、昭和三十六年(1961年)の解体修理の際に国の指導のもと現在の銅板葺きの屋根に変更しました。 天井には板張りがなく古い民家建築の手法が見えます、その簡素な技法から未完成のまま今日に伝えられたお堂ではないかとされています。 堂内には阿弥陀如来坐像・聖観世音菩薩立像・勢至菩薩立像の阿弥陀三...
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