<再編集> 90年代前半まで玉川学園に通っていました。中学部と高等部に入りましたが、当時四谷大塚で決めた併願校は第一希望は立教、学芸大附属、第2が明治学院・成城学園、そして玉川でした。第一と抽選に落ちたのと日程の都合、そして環境が良いという親の理由で玉川に入りましたが、それは特殊な学校で...。その後外部の大学に行きましたので、玉川はもうかなり過去の世界です。でも当時の玉川にはお金持ちのご子息ステータスがあり、幼稚舎>青学>成蹊・成城学園>=玉川学園(成城学園は併願校)という時代が本当にあって、当時は有名政治家(大臣・首相含む)、歴史的に偉大な方の子孫や有名芸能人や一流著名企業のオーナー、医者などのご子息が本当にゴロゴロいて、都心から長距離通学で通っている超上流階級の人が多くいました。例えば日本を代表する大企業創業家で3人子供がいれば、2人は東大慶應、残りの1人は伸び伸び育って玉川、みたいな感じです。私よりもう少し前の時代は、大学は明治大と同レベルだった時もあるようです。
私の時代はバブルもあったせいか富裕層の方からの寄付金も凄くて。海外の姉妹校にはLAのトップクラスの高校(ビバリーヒルズ高校生白書のモデルになったHarvard...
Read more凡そ23年前に農学部に入学しました。農学部は駅から1番遠いので(ビニールハウス、圃場、牧場、などなど場所を取りますので、奥まったところに配置するべきなのは分かっておりますけれども…)よく友達と、玉川学園前駅通り過ぎて次の駅までの間に農学部前って、駅作って欲しいー!でも無理だと思うからもう途中で走ってる電車から飛び降りるしか…!なーんて、冗談で言っておりました。懐かしい。 学費が高いので、親には本当に通わせてもらって感謝しかないです。ソニーの社長の息子がどこの学部に居るだとか、そんな噂はいくらか聞きましたが、私は普通に植物の研究がしたくて入り、普通にその方面を楽しんで居たのであまりそういう話には興味ありませんでした。 農学部は地方から来て下宿してる農家の息子さんみたいな人も多く、特にブルジョワ感強くは無かったと思いますが、品が良い方が多くて、人を貶める様な下らない噂話とかもほとんど聞くことも無く、気持ちの良い学園生活を送らせて頂きました。1年で第九を歌わされたのはとても良い思い出です(笑)私は音楽や歌うのも好きだったので、すこぶる真面目に取り組みましたし、今も第九をドイツ語歌詞で歌えるくらいには覚えています。他の方のレビューでそうなのかと思ったのですが一応キリスト教の大学なのですね。中高がミッションスクールの女子校だったので、毎朝礼拝とかあったそこに比べるとたまに礼拝して話聞くくらいはなんとも思わず…無宗教かと思っていました…。 私が在学中見た限りでは、皆それぞれ好きなものや譲れないものを持って大学に来ていて、ふざけたり遊んだりも勿論あるけど、大事なことのために一生懸命な人が多くて、良い雰囲気だったと思っています。でも、雰囲気(大学のシステムというか)が合わなくてやめていった同期もいますし、静岡から新幹線で通っていたけど通いきれなくて辞めるって方もいたりして、やはりそういう事も有り得ますよね。その方々は辞めて正解だったと思う人生を歩んでいて欲しいと思いますが、私は最後まで玉川大学に通って卒業出来てとても良かった、有難い事だったと思っています。この大学で良かったと思う人も沢山おりますので、教授陣も曲者揃いで面白いですし、どうか悪いところばかり拾い上げずに良いところを楽...
Read moreまず、評価のグラフをみてください。「5」はおそらく、いわゆる「さくら」か、30年以上前のOGかOBです。現在の学生が評価しているのは、「2」以下といえます。そして、「1」の数をご覧ください。「さくら」がいなければ、おそらく、平均評価は2くらいではないでしょうか?ここは、常に教員の「感情論」に振り回され、学生は人生を狂わせます。前に、うつ病の学生を呼び出しして、退学させているとか、チャットでいやな思いをしたとか自殺した教員がいましたが、確認すると、本当のようです。他大学は一気に単位をとっていけますが、どなたかが投稿しているように、一年の単位数上限が決まっていて、思うように履修できません。また、まさかの、私自身も、普通によい成績をとっていますが、一部事務局や教員に目をつけられたのか、呼び出しされて、困っています。卒業間近の教育学部ですが、実習させないと言われています。やむをえず、裁判で解決して行く予定です。一生懸命勉強したい方はここはお勧めできません。小原国芳先生の理念はもはやなく...
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