札所23番 松風山音楽寺は、埼玉県秩父市寺尾にあります。本尊は聖観世音菩薩です。
秩父ミューズパークの北の端、長尾根丘陵の中腹で、武甲山や秩父市街地方面を眺めることができます。 バス停や駐車場は、観音堂より少し低いところにあります。 駐車場を通り抜けて小道を行きます。すぐ先が十字路になっており、直進が観音堂への近道の階段、右が納経所を経由する道になっています。
右に行くと茶店前となり、角の十字路を左に曲がり坂を上がると納経所です。 納経所前を左に行くと、稲荷社の先で右手に観音堂への階段があります。少々急な階段を登ると観音堂前に出ます。
正面が江戸時代中期に建てられた観音堂で、左手には六地蔵、右手には鐘楼や「秩父困民党無名戦士の墓」の碑、御影松などが並んでいます。
自由民権運動の中で起きた1884年(明治17年)の秩父事件では、秩父困民党軍が大宮郷(のちに大宮町→秩父町。現在の秩父市街地)に進出する際に音楽寺が使われています。 吉田・椋神社での蜂起の翌日、小鹿野町から札所裏側の小鹿坂峠を登り23番に到着しました。そして札所の鐘を鳴らし、大宮...
Read more明治17年11月2日朝、武装した農民たちは田村地域から小鹿坂峠をたどってここ23番音楽寺に集結した。目の前の盆地の底には荒川が白く流れ、家が密集している。武装農民は坂をくだり、竹の鼻の渡しを一気に渡渉して、音楽寺の鐘が乱打されるとともにわあっという秋の声をあげながら、市街地の官庁や高利貸を襲った。数千名にものぼる大部隊だった。昼ごろのことだ。それから、秩父盆地は無政府状態になった。事件は多くの戦死者を出し、政府によって鎮圧されたのち、指導者たちは絞首刑になった。長い間地元では「ちちぶぼうと」と呼ばれ関係者の遺族は肩身の狭い思いをしてきた。
しかし井上幸治『秩父事件』が1968年に刊行され、すこしずつ見方が変わった。いま「ちちぶぼうと」と呼ぶ地元民はいない。ある種の誇りをもって「秩父事件」と口にするようになった。
井上幸治の生家は竹の鼻の渡しから近く、こどもの頃から事件のことを聞きながら育った。「わたくしは郷土の屈辱の歴史を書くつもりはない」と井上は決意し上梓した。その一冊は後から来る秩父の人たちへの大きな贈り物となった。井上の生家は音...
Read more🖋️追記更新です: 昨日(2022.4/5) 桜開花に間に合わせて参拝にお伺いでした。東京近郊よりはやや遅めになりますネ。だいぶ人の手を入れられ、人工的になり(普通は足を踏み込まない所まで石板を引いて【遊/誘歩道】が出来ていました😮樹木の周りに眼を移しながらご本堂までのんびり歩を進める派には…?! 社務所の周りも伐採の最中でした😰台風や地震時に少しは役立つのでは?虫害?!よく解りませんが手入れは大切ですが、どうぞ目立たなく然り気無くお願い申し上げます🙏 * * * * 昨年に続き参拝に季節を代え(ざるを得ない為、様子見で繰り下げて)、昨日(2021.6.24)まだ続くコロナ禍の緊急事態宣言下、新種変化ウィルス壊滅の思いをこめて🙏 昨年春は明日から初の緊急事態宣言発令、まさか今年の今時分が更なる新種変異種の猛威?! 今まで通り自粛生活を緩め無い中「疫病退散」は筆致!! ...
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