弥生〜奈良時代の集落の遺跡です。川(の跡)を挟んで東側に弥生時代の大規模なムラ(集落)、西側には古墳〜奈良時代のヤマト王権〜律令時代の官衙跡があり、長い期間にわたりここに文化があったことを示しています。 特に、弥生時代の遺跡から全国でも珍しい背中に羽の模様(天使か!?)が描かれた胸当が見つかっています。更に、官衙跡からは多数の木簡が出土されており、ここの地名を「浜津」と記してあることから、浜松の名前の由来と言われています。 尚、以前は入口脇に資料館がありましたが、平成23年に閉館しています。現在はどちらも蜆塚の市博物館で見る事ができます。
そんな貴重な「ネタ」の多い伊場遺跡ですが、戦後にも「後世に残るネタ」があります。 【注:長くなりますので、興味のない方は読み飛ばしてください】
この遺跡、JRの車輌基地とJR工場に挟まれて、64等分されたピッツァの如く、薄い形状をしていますが、不自然さを感じません? また、遺跡を記した石碑は、右部分が後から埋め潰されています。何があったのでしょう?
伊場遺跡は戦後間もなく発掘調査が始まり、多数の貴重な出土品があったことから、1954年に静岡県指定史跡に指定されました。 ところが、新幹線開通に伴う浜松駅を南にズラした再開発の影響で、そこにあった旧国鉄の車輌基地を伊場遺跡の発掘現場に移設しようと計画、そのため1973年に県史跡の指定を解除しました(そりゃ、史跡を勝手にイジる訳にはいきません)。 そんな行政の横暴に考古学者達が一致団結して、指定解除の取消を求めて裁判を起こします。 最高裁まで争われたこの裁判、結局原告(考古学者)の敗訴(棄却)となりました。 理由は、「考古学者には取り消す法律上の利益がない(指定解除により、不利益を被らなない)」為、そもそも訴える資格がない、というものでした。 この「伊場遺跡訴訟」は、司法試験や行政書士試験でも出てくる行政訴訟のケースとして、法曹界では超有名な遺跡となっています。
そんな訳でJR車輌基地が後から移転して遺跡の大半を使用している為、妙に細長い敷地となり、また石碑は「県指定史跡」の文字が後から埋め潰されているのです。 ついでに資料館が閉鎖したのも、史跡指定解除により予算が出なかっのでは?と邪推しちゃいます。
そんな古代のロマンから、現代のゴタゴタまで、人間の営みを垣間見せてく...
Read morePara los peruanos alrededor. Vine de paseo a la ciudad de hamamatsu y siempre suelo dormir en mi carro, así que busco lugares donde pueda estacionar gratis 😁 y este es el lugar perfecto, tienen hasta baño jeje aparte que puedes hacer buenas grabaciones del tren bala desde acá. Lo malo que en la noche da un poco de...
Read moreJR東海浜松工場と新幹線線路の間にある、全長約500メートルの東西に伸びる横長の公園です。
半世紀ぶりのタイムトリップでした。 小学生の頃近所に住んでいたのでよく遊びに来ていましたが、当時はまだ発掘調査中だったため映画やテレビのシーンでよくある発掘調査が繰り広げられていました。
50年ぶりに訪れたこの場所は当時の面影はなく、今では往復1kmのウォーキングができるの公園になっていました。
公園内には弥生時代の環濠跡地や当時の住居を再現したものや、奈良〜平安時代にかけての掘立柱建造物等があり、ウォーキングを兼ねながらゆっくり散策するのも楽しみです。 公園内には男性、女性用のトイレもあり、駐車場も東側入口に車8台が止められる...
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