石田神社(いしだじんじゃ)は、大阪府東大阪市岩田町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
『延喜式神名帳』にある「石田神社三座(河内国・若江郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
現在は住宅地になっているが、当社北側に昭和38年(1963年)頃まで直径2メートルたらずの円錐形の二つの小塚が水田の中にあった。
東の塚を「幸神塚」といい、西の塚は「無名の塚」と呼ばれた。「幸神塚」は賽の神を祀った旧地だとされた。
ここを開拓した往古、船によく似た大きな岩石があり、その長さは東塚と西塚を結ぶほどで、その全長50メートル近くもあったという。
これは古代に、大きな石の船がここで難破した岩船(石船)である、とされ、この二つの塚はその前後のもの、とされた。
当社の社伝によれば、飛鳥時代の第29代欽明天皇(在位:540年-571年)の御代、岩船に御祭神である誉田別命・足仲彦命・息長帯姫命の3神が降臨したという。
そこで奉斎されたのが当社。中世以降の由緒は不詳。3神が八幡神であることから、石田八幡宮とも、岩田八幡宮などとも呼ばれたという。
八幡神の三座は中世以降の勧請であり、古代の、『延喜式神名帳』の三座とは違うとの意見もある。後に、天照大神・天児屋根命を合祀した。
当社の旧別当寺は禅宗黄檗派の善城寺で、当社の北側にあり、江戸時代には村人の尊崇を受けたが、明治初年の神仏分離の際に廃絶した。
この寺に安置されていた室町時代の作とされる不動明王像と、左右の制多迦・矜羯羅童子の二体は、西光寺に移され、現存している。
明治5年(1872年)、現社号に改称した。
昭和7年(1932年)の道路・水路改修の際、橋の下から数体の地蔵と五輪塔が出土し、猫橋地蔵として祀られた。昭和9年(1934年)の室戸台風では社殿が倒壊した。
例祭は10月15日で、10月中旬に秋祭りがある。子ども神輿、4本の大ちょうちんによるだんじり宮入りなどが行われる。
...
Read moreよく間違えられていますが 石田神社⛩イシダではなくイワタ神社が正解
【延喜式神名帳】 石田神社 三座 河内国 若江郡鎮座 【現社名】石田神社 【住所】大阪府東大阪市岩田町 4-11-13 【祭神】誉田別命 帯仲彦命 息長足姫命 (配祀)天照大神 天児屋根命 『神社覈録』祭神詳ならず 『特選神名決めがたし 『大阪府史蹟名勝天然記念物』 五十日足彦命・同比咩神・誉田別尊 【例祭】10月15日...
Read more石田神社と岩船
近鉄若江岩田駅の西方、近鉄奈良線の北側に鬱蒼とした木々に囲まれた鎮守があります。これが石田神社です。石田と書きますが読みは『いわた』となります。 この神社は、宇宮の前という所に鎮座し、『延喜式神名帳』にのせられる古社として、誉田別命、帯仲彦命、息長帯姫命の三社を祀っていましたが、後になって天照大神と天児屋根命が加わりました。 社伝によると、欽明天皇の時代(6世紀)に、この地の田地の間に岩船があり、三神がその上に現れたことから初めて社壇を築き神を祀ったといわれております。俗に八幡宮と呼ばれております。岩田の地がいち早く開墾された土地であることが分かります。 石田神社の北側には、水田が存在していました。その水田の中に二つの塚があり、東の塚は幸神塚といい、西の塚は無名塚でした。一説には、その地を開墾した際、船に似た全長約35mの長大な岩石が現れたといわれる不思議...
Read more