墳墓群はほぼ日御碕神社の神の宮と出雲大社の素鵞社を結ぶ延長線上にあり、4号墳がその中心になっている様子。この地にスサノオ自身あるいはその末裔たちが葬られたことを示唆しているのか?これって周知のこと?びっくりした😳 さて墳墓群は弥生時代後期から古墳時代前期にかけての2世紀末から3世紀に築造されたと考えられている。当時としては最大規模の墓である複数の四隅突出型墳丘墓がここの主役。ヒトデのような特異な形をしている。墳丘墓は出雲平野を見下ろす標高40メートル程度の丘陵にあり、造成直後は貼石により墓全体が太陽光で輝いていたのではないか。それを見る者は王の威厳を感じたに違いない。朝鮮半島との交易で鉄の入手に有利な立場にあった出雲は、その後なぜヤマトにひれ伏し衰退していったのか? しかしスサノオが関わっていると思うとまた行きたくなってきたな...
Read more四隅突出型墳丘墓です。当方、高校時代に日本史を選び、センター試験で高得点を取ることのみに邁進しておりました。ですので、教科書にある前方後円墳、円墳、方墳等、教科書に書いてるものが全てだ思い込んでおりました。 今回、この西谷墳墓群を訪れて、改めて知ることの大切さを実感させられました。実際に突出した四隅を足元で見ることができ、これが弥生時代に作られたものであると感じると、私の生きている時は歴史上のほんの一部でしかないと思いました。墳丘墓の眼下に見える出雲商業高校との時代のギャップに、余計に歴史の偉大さを感じました。 また、墳丘墓の1つがミュージアムになっていました。埋葬者がグラフィックで見える仕掛けになっています。これは仁徳天皇陵古墳や今城塚古墳にもない展示です。正直、「グレ...
Read more博物館から道路を挟んだ向かいの公園が西谷墳墓群です。
西谷墳墓群は、島根県出雲市に位置し、弥生時代にかけて築かれた王墓群で、その中でも特に珍しい四隅突出型墳丘墓が注目されています。この墳丘墓の形状は方形の基盤を持ちつつ、四隅が外側に突き出した独特な形状をしており、弥生時代後期の山陰地方を象徴する古墳です。
特に西谷3号墓は規模が大きく、長さ約52メートル×幅約42メートルの墳丘で、中心部分には王とその妃が埋葬されていたとされています。王墓には朱が敷かれ、ガラス製の勾玉や鉄剣が副葬品として発見され、豪華な葬送文化を物語っています。
この墓の特徴的な四隅は、墳頂へ登るための通路としての機能を持って...
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