このお寺に「千姫」が眠っているとは、つい最近まで知りませんでした。千姫って、あの千姫ですよ千姫!!
三代将軍「徳川家光」の姉にして、二代将軍「秀忠」と「お江与」夫婦の長女。7歳で豊臣秀吉...
Read more茨城県常総市豊岡町にある浄土宗の寺院である「 弘経寺 (ぐぎょうじ)」、山号は寿亀山。院号は天樹院。本尊は阿弥陀如来。
到着し車を停めながらまず感じたのは「このお寺、ただのお寺じゃなさそう」という漠然とした印象。でほんとにただのお寺じゃありませんでした。
まず目を引くのは参道右側にそびえ立つ杉の木。天然記念物です。
杉の木をすぎると目の前に葵の御紋の入った賽銭箱。本堂の屋根にも葵の御紋。
本堂の左手奥にあるのが、今回伺ったお目当ての市指定文化財である「 #千姫御廟...
Read more千姫のお墓が在ります。遺髪が納められているそうです。 なお、由緒には下記のことが書かれていました。
弘経寺 寿亀山天樹院弘経寺は、応永21年(1414)嘆譽良肇上人によって開基された浄土宗の寺である。 良肇上人は増上寺開山聖聡上人人(横曽根法性寺開山で浄土宗第七祖の聖冏上人の高弟)の法弟で、修学ののち当所に立ち帰り、近郷の豪族羽生一族と語らい弘経寺を創建した。 九世存把上人のときに天正の兵火(北条氏と下妻多賀谷氏との戦火)にあって堂宇はことごとく焼失。存把上人は寺宝を携えて結城に去り、十世了学上人が再興するまで無住時代が続いた。 了学上人は徳川家康・秀忠・家光の三代にわたって厚遇された高僧で、とくに家康の孫娘である千姫は上人へ深く帰依し、弘経寺を菩提寺と定めたことから、徳川家からの本堂・鐘楼・中門等の再建への莫大な寄進につながった。寺運はさらに隆盛し、浄土教団統制と僧侶養成の中心的な役割を果たした「関東十八壇林」の一つに数えられる巨刹となった。 弘経寺の再建・修復工事は、寛永年同十世了学上人から十一世雪念上人の二代にわたる大工事であったといわれ、当時徳川幕府の要職にあった古河藩主・老中土井利勝が普請奉行を勤めている。 明治39年(1906)の失火によって大方丈、庫裏等が消失した。 本堂は、桁行十一間、梁間八間、入母屋造の建物で、内陣は江戸初期の寺院建築の粋を極め、豪華な仏具、釘隠など全具・調度品の隅々に至るまで徳川幕府の威光が感じられる。昭和58年水海道市指定文化財に指定された。その他「鐘楼」「山門」「経蔵(八角輪蔵)」などの建造物、絵画 「千姫姿絵」、彫刻「金堂阿弥陀如来立像」、工芸品「紫龍石の硯」「弘経寺扁額」「具足(甲冑)」...
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