世の中に大仏と呼ばれる仏像は多数ありますが、鉄道の駅名に「大仏」の文字が含まれているのは、ここ鎌ヶ谷大仏のみです。 どうやら新京成電鉄が沿線の観光スポットとして大々的にPRしようと、駅名に抜擢したようです(東武動物公園や豊島園、向ヶ丘遊園らと同じ発想です)。 しかし、多くの方のレビューで指摘されているように、大仏と呼ぶには控えめなサイズであったことから観光客のガッカリが相次ぎ、新京成のPR活動は失敗に終わったそうです。 そういった経緯もあり、マイナースポット巡りを自認している私としては、常に気になる存在でした。
新京成電鉄の鎌ヶ谷大仏駅を出て、目の前の交通量の多い通りを渡るとすぐに墓地があります。そこを入ると墓地のすぐ入口で墓参客を「ウェルカム!」とばかりに出迎えてくれている鎌ヶ谷大仏がありました!
むむ。確かにコンパクトです。坐像ですが全長は1.8mとちょっと背の高い人程度です。 もし、起立したら身長は3mぐらいでしょうが、それは無理なので参考値です。
最初こそその小振りな作りに、失礼ながら苦笑を禁じえませんでしたが、この大仏を見ていくうちに、不思議なことに大きさは気にならなくなり、逆にどんどん親しみを持ってしまいます。
それもそのはず。この大仏を建立したのは地元の豪商であり、先祖の供養を目的として建立した、いわば「ザ・プライベート大仏」。 世の多くの大仏は寺院に鎮座し、お坊さんがお経を上げたりする対象となっているのに対し、鎌ヶ谷大仏はお坊さんが常駐していないであろう墓地に建立していることが、宗教的なバックグラウンドを感じさせないのでしょう。 仏像特有の荘厳さや威圧感を持たない「気さく」な雰囲気を出しているように思われます。
また、この辺一帯はちょっとした商店街になっていますが、その名前は「大仏商店街」。店舗の名前に大仏の文字が付いているお店も多数ありました。 駅名がそうだから、というごもっともな理由の他にも、このフレンドリーな大仏さんだからこそ、店主も大仏の名を使おう!という気になるのではないでしょうか?
余談ですが、鎌ヶ谷大仏近辺といえば、幻の都市治水計画として知られる「利根川放水路(昭和放水路)」の開削予定地でした。 これは明治以降、台風や大雨の度に水害に悩まされていた利根川の流量を一部負担すべく、手賀沼(利根川の遊水池としての機能もあります)から白井を経由して鎌ヶ谷大仏の脇を抜けて船橋に到達する放水路をぶち抜こう、という壮大な計画でした。 太平洋戦争間近の1939〜1940年にかけ、河口付近となる東船橋近辺(現在の船橋高校のグラウンドあたり)に加え、鎌ケ谷市内の二重川で流路を広げてそのまま放水路に転換しようする工事が行われましたが、戦争突入によって中断。戦後になり別ルート(印旛沼ー検見川間)に変更されますが、これも工事費用などの問題が解決できず、結局2005年にこの計画はすべて廃案となりました。 (八千代の新川〜大和田排水機場により、印旛沼の花見川への放水は実現していますが)。
当時の掘削跡地は船橋近辺に一部遺構が残されていますが、鎌ケ谷辺りは埋め戻されているようで、痕跡を探すのは困難です。
もし、これが完成していたら、風景は大きく...
Read more新京成線鎌ヶ谷大仏駅からバスで船橋北口に行くのは、2路線あり間違いやすいので注意です。鎌ヶ谷大仏駅に下車して階段を下ります。すると、バス停があります。これは、二和道経由の船橋北口行きです。ところが、医療センターに行こうと思っているあなた?このバス停で待っていると何時まで待っても医療センターには行けませんよ。医療センターに行くのは、目の前にある道路を渡った先にある鎌ヶ谷大仏さんの前にあるバス停が始発駅なんです。同じ事は、船橋北口から医療センターに行くのに2路線ありますが、金杉台団地行き(医療センター経由)と、隣の番線の小室行き鎌ヶ谷大仏行き或いは三咲駅行きに交互に医療センター経由がきます。そこで、間違えないように発車前にドライバーさんが、このバスは医療センターには行きませんよ、と言えば間違えて乗らないのです。ところが、先日、乗ったバスのドライバーさん、発車して途中で医療センターには行きませんよ、です。オイオイ、その為、医療センター経由と信じて乗車した女性は、次のバス停で下車せざるを得ませんでした。こんな不親切があるでしょうか?ドライバーさんが発車前にマイクで医療センター経由か否か?話しをする...
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