小松市にある国指定名勝「奇岩遊仙境(きがんゆうせんきょう)・稲荷社(いなりしゃ)」は、那谷寺(なたでら)の境内に広がる特異な岩山だ。その名が表すとおり、この一帯には奇妙な形状をした赤茶色の巨大な岩が幾重にも連なり、岩肌には無数の洞穴が口を開けている。この光景は、単なる景勝というよりも、神仏が宿る神聖な場という印象を強く受ける。実際、この奇岩群は古代の海底火山が長い年月をかけて風雨に侵食され形成されたもので、自然が造り出した荘厳な芸術作品とも言える。
奇岩の中腹に鎮座する稲荷社は、古くから那谷寺の鎮守として祀られている。稲荷大神は農業や食物の守護神として知られ、ここでも五穀豊穣を願う信仰の中心となってきた。朱色の鳥居と岩肌のコントラストは実に鮮烈で、神秘的な雰囲気を漂わせている。
那谷寺は717年(養老元年)、修験者・泰澄(たいちょう)が岩窟に千手観音像を安置したのが始まりと伝えられ、白山信仰の重要な拠点として栄えた。後の986年(寛和2年)には花山法皇がこの地を訪れた際、西国三十三所観音霊場の一番札所「那智山」と三十三番札所「谷汲山」から一字ずつを取って「那谷寺」と名付けたという伝承もある。ただし、これはあくまで後代の史料『白山之記』に記されている伝説に過ぎないが、古くから人々の信仰を集めたことを裏付ける逸話だ。
那谷寺は中世を通じて何度も戦火や焼失を経験しており、特に南北朝時代の1338年や戦国時代の1555年には大きな被害を受けている。一時は寺域が荒れ果て、廃寺に近い状態にまで衰退した時期もあったが、江戸時代の寛永年間(1640〜1642年)、加賀藩主の前田利常によって劇的に復興されることとなった。利常は本殿(大悲閣)、三重塔、護摩堂など主要な堂宇を再建し、さらには著名な茶人・小堀遠州の指導で庫裡庭園「琉美園(るびえん)」や書院も整備した。現在、これらは重要文化財や名勝として高く評価されている。
江戸時代後期の1689年には、俳聖・松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の途上に那谷寺を訪れ、その光景に深く感銘を受けている。芭蕉がここで詠んだ「石山の石より白し秋の風」という句は特に有名で、自然の神秘さと美しさを見事に表現した名句として後世まで伝えられている。芭蕉の足跡が残る土地として、平成26年(2014年)には「おくのほそ道の風景地」の一つとして正式に国名勝指定されている。
また、この奇岩景観が「奇岩遊仙境」と呼ばれるようになったのは、芭蕉が訪れた同じ頃、中国から来日した黄檗宗の僧・高泉禅師がこの地を訪れて著した漢文『自生山那谷寺記』に由来すると言われている。彼はこの世離れした岩山の姿を「仙人が遊ぶ境地」と表現し、それ以来この雅称が定着したという。ただ、この高泉禅師のエピソードについては一次史料による裏付けが難しく、伝承の域を出ないことは付記しておきたい。
現在、奇岩遊仙境への立ち入りは景観保護と安全管理の観点から制限されているが、境内に設けられた展望台から全貌を眺めることができる。眼前に広がる巨岩とその洞穴の姿は迫力満点で、他にはない独特な景観だ。単なる自然の造形美を超え、1300年以上も人々の信仰を集めてきた重厚な歴史と神聖さが凝縮された場であることを強く感じさせる。
また、那谷寺境内には他にも見どころが多い。奇岩に寄り添うように建つ本殿(大悲閣)は岩壁をそのまま取り込んだ懸造りの建物であり、背後の洞窟で「胎内くぐり」と呼ばれる儀式を行うことができる。これは洞窟を母の胎内に見立て、そこを通ることで心身の浄化を図る修行であり、現在でも参拝者に親しまれている。
さらに、利常が整備した琉美園は、石川県最古の回遊式庭園として名高く、江戸初期の風雅な趣を今に伝えている。奇岩遊仙境や稲荷社だけではなく、こうした歴史ある建築や庭園を含め、境内全体が日本の歴史・文化・自然信仰を体感できる場所になっている。
奇岩遊仙境・稲荷社は単に美しい景観というだけではなく、神仏が交錯しながら人々の信仰を集めてきた貴重な遺産だ。時代を超え、多くの人々の祈りや想いが刻まれたこの場所は、今後も末永く受け...
Read more石川県の名刹、那谷寺(なたでら)。 もともと養老年間に白山信仰の霊地として開創。 平安時代に花山法皇が西国三十三か所の霊場を巡ったあとに当地を訪れ、「朕が求める三十三か所は全てこの山にあり」と語り、第一番の那智山青岸渡寺と第三十三番の谷汲山華厳寺から一字ずつ取って、「那谷寺」と改めたと伝わる。
松尾芭蕉も奥の細道の旅の途中で訪れている。
『山中の温泉に行ほどに、白根が嶽跡にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。』
奥の細道の本文では小松から山中温泉に向かう途中で那谷寺に寄ったことになっている。ただし同行の曽良の記録によると、山中温泉に八泊した後に北枝(弟子)とともに那谷寺に向かっている。 この間の消息は、古来、奥の細道の謎のようになっているが、意図的だったとしても、思い違いだったとしても、江戸時代の旅の記録なのだから、細かいこと...
Read more石川県南部エリアの観光で訪問しました! 那谷寺の中にあります。 入山料は600円、これから入山するのかぁと驚きます⛰
入り口には滑り止めの縄があり、靴に巻き付けて利用できます。
松尾芭蕉が散りばめられています。
きがんゆうせんきょうは、 当日まで知らなかった場所で、たまたま地図上で見つけたのですが、がとてもお勧めです! 神秘的なお寺で、入り口から崇高で静寂な雰囲気を感じました。
苔がたくさんあり、暗渠もあり、国宝に登録...
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